2020年02月21日

『葡萄酒の魂』ボードレール

ある晩、葡萄酒の魂が壜の中で歌っていた。

《人間よ、君に届けと歌い上げよう、おお親愛な廃嫡の子よ、

赤い封蝋にとざされた私のガラスの牢獄の中で、

光と友愛にみちた 一つの歌を!


わかっているとも、焔と燃える丘の上に、どれほどの

苦労と、汗と、灼けるような太陽がなければ

私のいのちを生み出して 魂を吹きこむことができないか。

でも私は恩知らずでも悪者でもないつもりだよ。


なぜって 私は大喜びで落ちこんで行くからさ

つらい仕事に疲れ果てた男の咽喉の中へ、

その男の熱い胸が居心地のいい墓となるんだ

冷たい地下の穴倉にいるよりもよっぽど気持がいい。


聞こえるかね 私の脈打つ胸の中にこだましている

日曜日の歌のルフラン 希望のさえずり。

肘をテーブルについて 両袖をたくし上げて、

君は私をほめたたえ いい御機嫌になるだろう。


君の奥さんもうっとりと目を輝かすようにしてあげる。

息子さんには力と元気な顔色をよみがえらせて

人生の競技に向かう このかよわい選手のために

レスラーの筋肉を引き締める油ともなってあげる。


では君の中へと落ちて行こうか、植物性の不死の食べ物、

永遠の「種まく人」が投げ落す貴重な種だぞ、

こうすれば われらの愛の結ぶところに詩が生まれ出て

神に向かって珍しい花に伸び上がるのだ!》


『悪の華』安藤元雄訳(集英社)より

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『ボードレール語録』横張誠編訳(岩波現代文庫)

象徴派の先駆者として知られるボードレールの「現代性(モデルニテ)」の美学とは何か.19世紀当時の現代的な文学・芸術運動であったロマン主義の超克として提示された「現代性」を軸に据え,「ブルジョワジー」「メランコリー」「陶酔」などをキーワードにして19の詩・散文のテクストを解説し,近代の相貌を浮かび上がらせる.書下ろし.岩波現代文庫オリジナル版

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翻訳者からのメッセージ

「吸血鬼の頭目」で「謎と恐怖を間抜けに駆使して読者を驚かせる」人物,「死体置き場と屠畜場の詩」,『悪の華』刊行前に,ジャーナリズムではさして話題にもならなかった詩人ボードレールとその作品について書かれた数少ない新聞記事で目立ったのは,このような評価だった.『悪の華」は,1857年出版されとすぐ,その背徳性を攻撃する書評が新聞に掲載されたのに続いて,公衆道徳宗教道徳紊乱の咎で告発され,宗教道徳侵害の嫌疑は却下されたが,公衆道徳良俗紊乱で有罪判決が下された.要するに作品の猥褻性と同性愛描写の非道徳性が公に非難されたのである.

 他方,友人やジャーナリストが,悪意や批判を込めることなくボードレールの奇怪な言動を報告している.そのうちでも特にどぎついのは,子供(の脳みそ)を食べるという話だ.また,晩年近くブリュッセルに居住し始めたころ,ボードレールは,亡命中の共和派フランス人たちの動向を探っているスパイだと囁かれた.すると彼は,自分は事実密偵だし,おまけに殺人犯なのだと,ベルギー人たちに言い触らしてやったと書き残すのである.

 こうして,不吉で猥褻な,鬼面人を嚇す類いのボードレール像の素材が出揃う.

 根づいた奇人・怪人伝説は,ボードレールの作品に含まれた,異様な表現,有無を言わせぬ断言調の発言を,納得した気持ちにしてくれる.これで,わかりにくい奇怪な見解も,悪い冗談なのだと割り切れる.ガラス屋の理由なき虐待を描いた散文詩「益体ないガラス屋」を『黒いユーモア選集』に入れて片付けたアンドレ・ブルトンもそうしたのだ.

 本書で紹介する,詩作品や批評文等から選んだボードレールの19のテクストは,どれも一筋縄ではいかないものばかりで,中には奇人・怪人伝説に頼ったのではまったく歯がたたないものさえある.いずれにせよ,ここで目指すのは,伝説のごときものは視野に入れず,冗談抜き,大真面目(!)で,それらを,ボードレールが古典主義に対置されたロマン主義をさらに超克することを意図して提唱した「現代性modernité」の美学に照らして解読し,また逆にそれを通してこの美学が真に何を意味するのかを解明することである.表題が示す通り,一般読者に向けて編纂されたものであるが,従来ボードレール研究では参照されることがなかった資料に少なからず依拠しているので,研究者の参考にも資するものと期待している.


1943年生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文科学研究科修士課程修了。一橋大学名誉教授。専攻は、フランス文学。


⭐︎ 単なる注釈つきアンソロジーとは一線を画すものである。重要テクストを選別して、いわゆるExplication de texteを行った「著作」といって過言ではないだろう。


《本文より》

色彩家種族はあまり憤慨しないでほしい。仕事は、難しさが増すので、かえってより栄誉あるものとなるのだから。偉大な色彩家なら、燕尾服、白ネクタイ、灰色の背景からでも色彩をつくりだすことができるのだ。 


新しい情念に根ざした、特殊な美をわれわれは占有しているのかという、主要かつ本質的な問題に戻るなら、気づくのは、現代的主観に取り組んできた芸術家たちの大部分は、公共的、公式的な主題、つまりわが国の戦勝やわが国の政治的英雄性を扱うにとどめてきたことである。しかも彼らは渋々そうするのであり、また、金を払ってくれる政府からそうした主題の注文を受けるからそうするのだ。しかしながら、私的な主題はあるのだし、これのほうがはるかに英雄的なのだ。 


裸体という、あの芸術家にとってとても大切なもの、あの成功の不可欠要素は、昔の生活でそうだったように、〔今も〕よく見られるし、不可避でもある、ーーベッドや風呂や死体解剖室でだ。絵画の手段もモチーフも豊富で多様であることは今も同じなのだ。ただし新しい要素があって、それが現代の美なのである。 

(『一八四六年のサロン』より) 

posted by koinu at 13:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『前世』ボードレール

  余は長らく大いなる柱廊のもとに暮らしていた

  海上の太陽が千々の色合いに染め上げ

  厳かに聳え立つ列中は

  夕べの影を落とし 洞窟の如くにみえた


  波は空を映して渦巻き

  厳粛と神秘のうちに 打ち寄せる音は

  豊かな音楽となって 夕日と溶け合い

  我が瞳のうちに反射しあった


  かの静寂な逸楽のうちに 余は暮らした

  青い海 高巻く波 光に包まれ

  よき香を放つ裸の召使にかしずかれつつ


  召使らは椰子の葉で余の額を飾り

  余が追い求める苦き秘密の

  如何ばかりに深いかを測り続けた

  《悪の華》より

posted by koinu at 11:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秘法17番のカード

 古い池はもはやない。池全体が月の笏杖の下で、そのたっぷりとした呼吸をとりもどし、その波のくぼみくぼみは、熱い海のあらゆる魚で、色とりどりに飾られる。

その魚たちの間に、たがいに顔を見交すことにたえられず、自分といきうつしの相手といまにも死をかけてたたかおうとする、緋色と青鴉色の《闘魚」たちがいるのが見てとれる。
奴らの剣さばきはじつに活発なもので、微光が奴らの後へのこり、透明で液状の貝殻を、もっともしなやかなものからもっともきららかで細身のものまで、あらゆる方角へはせめぐるのだ。けれども波はしずまり、風変りな闘いも終りになるというより、曙の光の中に消え失せる。

二つの流れは音もなく流れ、そして大地からは、感覚の全域をひとりじめにしようと、て本の薔薇の香がたちのぼって来る。今、辛うじてかいまみられたばかりの薔薇は、不意に、ふるえる夜の中で、聖なるエジプトのすべてを告げる。薔薇は、めまいを起こさせるほどくるくると旋回して、崇められたる鳥、鴇トキの衿飾りとなり、そこからとりだされて来るのは、人間の夢が、荒縄で自分の建て直しを実行し、葉脈の方向にひびわれた自分の白い靴底を星々の間にはりわたされた糸にそって、あらためてすべらせようとするために、必要となるかもしれないすべての蟻装用品だ。
薔薇は、再生能力に限度はないと告げ、そして主張する、いかに苛酷であり汚れにみちていようと、冬は、過渡的なものとしかけっしてみなされないと。それどころか、冬の鞭は、エネルギーをよびもどすために、鞭の先端で数千匹のエネルギーの蜜蜂を集めるために定期的に道々を打たなければならぬ、さもないと蜂どもはしまいには太陽のあまりに酔心地をさそいすぎる柘榴の実の中で、ねむりこけるだろう、と。

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 さて、今度は蝶が語るのだ。あいつぐ世代の発生の中に、いかに心なぐさめる神秘があるか、いかなる新しい血が止むことなく循環するか、そして、種が個体の損耗に悩まないでもよいために、いかなる淘汰が適時に行われ、何か何でもその掟を課することに成功するかを、述べようとするのだ。
 その植がふるえるのを人間は見る。その麹は、どの国語においても。

 「再生」という単語の最初の大文字だ。そうだ。もっとも高い思想、もっとも偉大な感情も集団的な滅亡という目にあうかもしれず、人間の心もやはり砕けるかもしれず、書物も古びるかもしれぬ。そしてすべてのものが、外見上は、死ななければならない。だが、いささかも超自然的なものではない一つの力が、この死そのものから更生の条件を作り出す。貴重なものが何一つ内的に失われることがなく、暗い変身の数々を経つつも、季節から季節へと蝶がその高揚した色彩をとりもどすように気を配るあらゆる交換を、その力はあらかじめ保証しているのだ。

 とはいえ、私がおまえたちの加護を祈るのはここでなのだ。それというのも、おまえたち、この錬金術を秘密のうちにつかさどっている精たち、事物の詩的な生の支配者だちよ、おまえたちが姿を現わすことなしにはもはや何一つできないことを、私は意識しているからだ。 

アンドレ・ブルトン『秘法17番』より

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posted by koinu at 09:06| 東京 ☀| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする