2020年01月11日

ローウェル・ジョージ『特別料理(イート・イット・ヒア)』

ローウェル・ジョージ(Lowell Thomas George、1945年4月13日 - 1979年6月29日)

リトル・フィートの元ボーカル、ギタリスト兼リーダー。


カリフォルニア州ハリウッド生まれ。幼いころより音楽に親しみ、初めて憶えた楽器はハーモニカであった。高校時代にはマーチングバンドでフルートを担当するなどした。ギターは11歳ごろに憶え、更にサクソフォンやシタール、尺八なども演奏していた。学生時代には後にリトル・フィートのメンバーとなるポール・バレアと共にギターを演奏していた。


ジョージは1965年にザ・ファクトリーというバンドを結成するが、シングル一枚を発表しただけで解散している。次にザ・スタンデルズ(The Standells)に2ヶ月ほど加入した後、1968年から1969年にかけてフランク・ザッパ率いる マザーズ・オブ・インヴェンションにギタリストとして加入し、アルバム『いたち野郎』などの演奏で参加した。その後彼はバンドを脱退しているが、これについてジョージは「ドラッグについて歌った曲(1stと2nd収録の「ウィリン」)を書いたため、それを嫌がったザッパにより解雇された」と1975年に行われたリトル・フィートのライブで語っている。


マザーズ・オブ・インヴェンション脱退後ジョージはバンドからメンバーを引き抜いてリトル・フィートを結成する。バンドではボーカル、リードギターのほかスライドギターも演奏している(ただ、1stアルバムのレコーディング時はライ・クーダーが演奏していたとも言われる)。バンド外ではヴァン・ダイク・パークス、ジョン・ケイル、ハリー・ニルソン、ミーターズ、はっぴいえんど、矢野顕子などのセッションに参加している。また、音楽プロデューサーとしても活動し、グレイトフル・デッドの1978年のアルバム『シェイクダウン・ストリート』やヴァレリー・カーターなどをプロデュースしている。


ジョージは1970年代後半頃から薬物中毒などの影響で体調が悪化し、バンド内の主導権をめぐる相違もあって活動も滞りがちになる。1978年に集大成的なライブ盤『ウェイティング・フォー・コロンブス』を発表した後リトル・フィートを解散してソロ活動に入る。


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1979年には生涯唯一となったソロアルバム『特別料理(イート・イット・ヒア)』を発表するが、同アルバムツアー中の6月15日、ヴァージニア州アーリントンのホテル滞在中に倒れ、6月29日にドラッグのオーバードーズによる心不全で死去した。34歳没。遺灰はサンフランシスコにて彼の使用していた釣り舟から太平洋に撒かれた。

【Wikipedia】より


極上の音楽アルバムが一枚残された。

posted by koinu at 09:39| 東京 ☁| 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする