2019年11月22日

「死にいたる火星人の扉」(フレドリック・ブラウン/著 鷺村達也/訳 東京創元社1960)Death has Many Doors

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「ハンター&ハンター探偵社」に、奇妙なことを訴える娘サリー・ドーアが訪ねてくる。火星人に命を狙われているので、護衛をしてほしいという。

警察や他の探偵に断られたというので、エドも精神科へ行くよう答える。しかし一晩だけ、彼女のアパートの隣室で晩をする。その深夜に電話のベルに起こされたエドは、隣室のベッドでは全裸のサリーが死体となった。もともと心臓が弱かったサリーは病死と判断されるが、エドは釈然としない。

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もっと真剣にサリーの言葉を受け止めて、しっかり護衛をしていれば、彼女は死なずに済んだ。そう考えたエドは、アンクル・アムの協力でサリーの身辺を調査にかかった。早くに両親を亡くして、妹のドロシーとともに遠縁のスタントン夫妻に育てられた。保険会社でタイピストをしていたサリーは独立する。大学で心理学を学ぶドロシーは、スタントン家に同居していた。スタントンはデパート勤めの実直な人物だが、ひとり息子ディキーは科学好きが鼻につく11歳の秀才。妻の弟の自称発明家、飲んだくれで賭け事好きのレイ・ワーネックが居候してる。

サリーには両親が遺したコロラドの田舎にある二束三文の土地以外に財産はなく、最近ボーイフレンドと別れていた。特に恨まれていたわけではないので、事件はサリーの病死ということで落着する

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ところがサリーの葬儀の翌日には、事態が一変する。探偵事務所にヤッダンと名乗る火星人から電話がきて、サリーを殺した犯人を捜してほしいと依頼される。依頼料として1000ドル札が、エドのデスクからにある。単なるいたずらではなさそうだ。

エドは事件のレポートをタイプさせるために雇った臨時タイピストのモニカが美人で聡明なのに目を止めた。サリーが働いていた保険会社に、情報収集のスパイとして送り込んだ。

それから今度はサリーの妹ドロシーが助けを求めてきた。超心理学を研究しているドロシーは「予感」を信じて「今夜、自分は死にそうな予感がする、護衛してほしい」という。エドは訴えを真剣に受け取り、アンクル・アムのアドバイスにしたがって、行く先が誰にもわからないように気まぐれドライブに出かけた。しきりに泳ぎたがるドロシーの要求にしたがって夜の湖へ向かったが、ふたりは湖で溺れ、ドロシーの「予感」は的中してしまう。

九死に一生を得たエドは、精力的に捜査と推理を進めて、或る仮説にたどり着くのだった。火星人の正体とは?

SF作家でもあるフレドリック・ブラウンの、探偵推理ドラマシリーズが堪能させる長編小説。ただ今「死にいたる火星人の扉」は絶版で、電子書籍化の復刊が望まれる。

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《エド・ハンターシリーズ》

「シカゴブルース」1947、「三人の小人」1948、「月夜の狼」1949Compliments of a Fiend1950、「死にいたる火星人の扉」1951、「消された男」1959、「パパが殺される!」1963

この〈エド・ハンター〉シリーズ未訳作が数年前に翻訳出版されてた。『Compliments of a Fiend・アンブローズ蒐集家』フレドリック・ブラウン著/圭初幸恵訳。なかなか良い仕事となっております。私立探偵エド・ハンターの伯父が消息を絶った。救出に向かうエドを待ち受ける話。才能ある作家からは、時を過ぎても学ぶことが多い。

フレドリック・ブラウン(Fredric William Brown19061029 - 1972311日)アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ生まれの小説家、SF作家、推理作家。

シンシナティ大学夜間部やハノーヴァー大学を中退した後、旅巡業カーニバルなどで働き、さまざまな職業を体験する。新聞社や雑誌社で校正係の仕事をしながら、1936年頃より創作活動を開始。パルプマガジンへミステリやSFの中短編を数多く書いた。47年に『シカゴ・ブルース』でMWA最優秀処女長編賞を受賞し、以降、年一作に近いペースで新作長編を発表している。SF作家としても卓抜しており、代表的な作品に『発狂した宇宙』(49)や『火星人ゴーホーム』(55)、『73光年の妖怪』(61)がある。

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ジミー・ヌーンとトミー・ドーシーのジャズレコード音楽

フレドリック・ブラウン『シカゴ・ブルース』は暗黒街シカゴを舞台にした、父親を殺された青年が叔父と犯人を追うミステリー。酒、音楽、マフィア、美女、そして悲しく切ない結末。ジャズトロンボーン奏者に憧れる青年が後半登場する美女とともに聞く、ジミー・ヌーンとトミー・ドーシーのジャズレコード音楽。

ジミー・ヌーン(Jimmie Noone) 1895年4月23日ルイジアナ州カットオフ - 1944年4月19日カリフォルニア州ロサンゼルス。ジャズ・クラリネット奏者。
[ヌーンが残したもの] ヌーンは、一般的に、ジョニー・ドッズやシドニー・ベシェと並んで、とりわけ偉大な第二世代のジャズ・クラリネット奏者たちのひとりだとみなされていた。ヌーンの演奏は、ドッズほどブルース色があるわけでも、ベシェほど華やかなわけでもなかったが、ひょっとしたらもっと叙情的で洗練されていて、確実に「甘美な」香りをもっと醸し出している。ヌーンは、たとえばアーティ・ショウ、アービング・ファゾラ en:Irving Fazola、ベニー・グッドマンといった、後のクラリネット奏者たちに重要な影響を及ぼしている。【Wikipedia】より
http://www.redhotjazz.com/noone.html


トミー・ドーシー(Tommy Dorsey)1905年11月19日 - 1956年11月26日、ジャズトロンボーン・ジャズトランペット奏者、バンドリーダー。
Trumpet ; Bunny Berigan, Ziggy Elman, George Seaberg, Carl "Doc" Severinsen, Charlie Shavers
Piano ; Milt Raskin, Jess Stacy
Arranger/Composer ; Sy Oliver
Clarinet ; Buddy DeFranco, Johnny Mince, Peanuts Hucko
Drum ;Stan King, Buddy Rich, Louie Bellson, Dave Tough, Alvin Stoller, Gene Krupa
Vocal ; Jack Leonard, Edythe Wright, Jo Stafford, Dick Haymes, Connie Haines, Frank Sinatra
当時新人だったフランク・シナトラはこのバンドで学んで成長し、成功している。ドーシーは後に自身のサウンドはトロンボーン奏者ジャック・ティーガーデン(Big T)に影響されたと語っている。ドラマーについはあらゆる手段を講じてでも、又どこに居ても、どれほどのギャラを要求されても誠実にバディリッチに来て欲しいと要請した。バディ リッチがだめな時はルイ ベルソン又はアルビン ストラーに要請した。リッチ、ベルソン、ストラーはドーシーの標準的選択であった。クラリネットのバディ デフランコによると「どのドラマーも1時間から1週間しか続かなかった ただ例外はトム・ウイッタコムで、彼は1950年代初めに相当期間バンドに居たという。 (ルートガーズニュウジャージー州大学 ジャズ研究協会 エドワード・ブル氏 著書より)

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『シカゴ・ブルース』The Fabulous Clipjoint (1947 アメリカ) ; 作/フレドリック・ブラウン; 訳/青田勝; 出版/創元推理文庫

1947年に出版された作家フレドリックブラウンによる最初の長編小説。パルプ雑誌に短編執筆して技術を磨き、本書でMWA最優秀処女長編賞を受賞。

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印刷見習工エドの父・ウォレス・ハンターは、その夜、家に帰らなかった。不安を抱えながらエドは帰りを待つ。

翌朝アパートを訪れた警官によって、不安は絶望へと変えられた。ウォレスは何者かに横丁で殴りつけられ、財布を奪われて死体になった。大都市シカゴでは新聞の社会面の片隅にも載らないような、ありふれた事件。

父親の死の衝撃から立ち直れないエドは、カーニヴァルの芸人として自由に生きる伯父アンブローズを訪ねた。世故に長けた、その力を借りるため、――父を殺した犯人を突き止めるために!

亡き父の足跡をたどるうちに、エドは父のまったく知らなかった一面を知るようになる。謹厳実直な父の意外な顔の数々。そしてそのことが、エドを本当の意味での大人に変えていくのだ――。

シカゴのホテルの12階から街を眺めているエド・ハンターと伯父アンブローズ――。

「ぼくたちは、開いた窓から、暑さでうだってる下の街路を見下ろした。彼(伯父)はいった。『……そこの下のほうにあるものは、みんななにかに見えるだろう? 形をそなえた物体で、一つ一つのかたまりは、隣のかたまりとべつべつになっていて、そのあいだには空気があるとね。

ところがそうじゃない。あれはぐるぐるまわっている原子がごちゃごちゃ集まってるだけなのだ。しかもその原子どもは、やはり電気を帯びてぐるぐるまわっている核と電子でできてるにすぎない。

結局そこに見えるものは、無にひとしいようなものが、めちゃくちゃにたくさん集まってるだけなのだ。ここまでが空気で、そこから先はビルディングだという明確な線などありゃしない。人間が、あると思ってるだけだ。原子と原子の離れ方がすこしちがうだけのことだ。

ごらん、あそこにクラーク街を歩いてるやつがある。あの男だってなにも特別なものじゃない。彼も踊りまわってる原子どもの一部にすぎない。足の下の歩道やまわりの空気といっしょに混じっているのだ。」

――ぼくは口の中に生のウイスキーの強い味わいを感じながら、そこにすわっていた。だが酒のことを考えていたわけじゃない。考えていたのはパパのことだ。パパは死んで、ぼくはもう二度と会えないんだ。そう思うと、ぼくは突然、声をあげて泣き出した。それはウイスキーのせいじゃない。

それは自分の身体の中で、なにものかが爆発したのだ。

ウイスキーの酔いが触媒の役割を果たし、心を解放することがある。アンブローズ伯父は長い長い人生経験のどこかで、そのことを学んだのだろう。

「エド、それで気分が晴れるぞ。一度はそうなるんだ。太鼓の皮みたいに張りつめていたからな。やっと人間らしい顔付きになった」

アンブローズはホテルの最上階にあるカクテル・バーに連れてくる。すごくきれいだが、低俗なキャバレーだな、というと笑いかける。

「でっかい低俗なキャバレーさ、エド。ここじゃどんな気違いじみたことでも起こりうるのだ。それのみんながみんな悪いことばかりとはいえないがね」

どんなことでも起こりうる、でっかい低俗なキャバレー(原題the fabulous clipjointはここから来た言葉)とは、波乱に満ちた人生の縮図。この伯父によって目を開かされて、進むべき道を見出す。低俗な酒場で突然人生の意味を知る物語。

The Fabulous Clipjoint (Fredric Brown) ゴ・ブルース

 (創元推理文庫 146-15 )

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《エド・ハンターシリーズ》

「シカゴブルース」1947、「三人の小人」1948、「月夜の狼」1949

Compliments of a Fiend1950、「死にいたる火星人の扉」1951、「消された男」1959、「パパが殺される!」1963


この〈エド・ハンター〉シリーズ未訳作が数年前に翻訳出版されてた。『Compliments of a Fiend・アンブローズ蒐集家』フレドリック・ブラウン著/圭初幸恵訳。なかなか良い仕事となっております。

私立探偵エド・ハンターの伯父が消息を絶った。救出に向かうエドを待ち受ける話。才能ある作家からは、時を過ぎても学ぶことが多い。


フレドリック・ブラウン(Fredric William Brown19061029 - 1972311日)アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ生まれの小説家、SF作家、推理作家。

シンシナティ大学夜間部やハノーヴァー大学を中退した後、旅巡業カーニバルなどで働き、さまざまな職業を体験する。新聞社や雑誌社で校正係の仕事をしながら、1936年頃より創作活動を開始。パルプマガジンへミステリやSFの中短編を数多く書いた。47年に『シカゴ・ブルース』でMWA最優秀処女長編賞を受賞し、以降、年一作に近いペースで新作長編を発表している。SF作家としても卓抜しており、代表的な作品に『発狂した宇宙』(49)や『火星人ゴーホーム』(55)、『73光年の妖怪』(61)がある。

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ラミー(rummy)というカードゲーム

フレドリック・ブラウン『シカゴブルース』第五章で、主人公たちがするラミー(rummy)というカードゲームがある。ドラマを映像として捉えてたいので、図版などを検索してみた。

数字札になってるカードを使って遊ぶのと、トランプのjokerを抜いてプレイするやり方があるようだ。


【麻雀に似たラミー系トランプゲーム】カードを引いては捨て、特定の組み合わせを作っていくゲームです。

https://playingcards.jp/game_rules/rummy_rules.html


rummyセット内容】

タイル(大幅増量の104枚)、ジョーカー(2枚)、ラック(4台)、説明書は英語ですが、遊びルールの日本語説明はネットで検索できます。下記のサイドをご参照ください、 http://www.tk-game-diary.net/rummikub/rummikub.html


https://youtu.be/i5P9lmtvQYo


【ラミー(英語: rummy)】Wikipediaより

カードゲームの一種。カードを組み合わせて、同数値の札や同スートで連続した数値の札を作ることを目的とする。トランプを用いることが多いが、トランプ以外のカードやタイル(牌)を用いるゲームもある。一般にラミー系として一つのゲーム分野を構成する。


【歴史】

歴史上もっとも古いラミーは「コンキアン」と呼ばれる、ラテンスタイルの40枚のカードを使うゲームで、メキシコの文献がもっとも古い。19世紀中頃にはアメリカ合衆国に伝わり、1877年に「Coon Can」の名前で記録されている。20世紀はじめにアメリカからイギリスに伝わり、そこから各地に伝播した。


ジョン・スカーニーはラミーをポーカーに由来するゲームと考え、コンキアンは逆にアメリカ合衆国からラテンアメリカに入ったと考えた。しかし、コンキアンで8910のカードを使わないのは明らかにラテン系のゲームの特徴であり、この説はあまり支持されていない。


西洋のラミーは麻雀によく似ているが、両者の関係は明らかでない。デビッド・パーレットは、中国から移民によってアメリカ合衆国にもたらされたか、またはフィリピンあたりを経由してメキシコに伝わり、そこからアメリカ合衆国に伝わったのではないかと考えている。


【基本的な道具

数種類のスート(もしくは色)がある、連続した数値のあるカード(もしくはタイル)を使う。


【基本的なルール】

ここでは通常のトランプ52枚を使ったもっとも基本的なラミーを説明する。このゲームは、手札の一部を使ってメルドと呼ばれる組み合わせを作ることを目的とする。メルドには2種類がある。


グループ(セット):3枚以上の同じランクのカード

シーケンス(ラン):3枚以上の同スートで連続したランクのカード。Aは常に1として扱う(Kとはつながらない)。

プレイは以下の手順で行われる。

ディーラーは各競技者に決まった枚数のカードを配る。これを手札という。手札の枚数は、人数が2人なら10枚、3-4人なら7枚、5-6人なら6枚とする。

次にディーラーは1枚のカードを表向きにテーブルに置く。これが最初の捨て札となる。

残りは裏向けに積んでおく。これが山札となる。

各競技者はディーラーの左隣から時計回りに、順に以下の操作を行う。

山札または捨て札の一番上から1枚とって手札に加える。

手札の中にメルドがあればそれを公開したり、公開ずみの自分または他人のメルドに手札をつなげたりできる(しなくてもよい)。

手札が1枚以上残っている場合、不要な1枚を表向きにして捨て札の山の一番上に置く。

手札がすべてなくなった者の勝ちになる。残りの人は手札の点数の合計を勝った人に支払う。絵札を110点、それ以外はカードの数字(A1)を点数として計算する。すべてのカードを一度に公開して上がった場合は、倍額を支払う。


【ラミーの種類

基本的なラミー:手札すべてをメルドにして上がった者が勝つ。残りの人は自分の手札の枚数などを計算することによって得点が決まる。セブンブリッジは基本的なラミーの一種である。ラミーキューブも基本的なラミーに含まれる。

コントラクトラミー:公開できるメルドに条件があり、回が進むごとに条件がきびしくなっていく。


ノックラミー:メルドは公開しない。手札中のメルドになっていないカードの点数が他の競技者より少ないと予測できたら「ノック」を宣言することができる。ジン・ラミーがもっとも有名である。非常にスピーディーなゲーム。

メルドにスコアがあるもの:単にあがることを競うのでなく、点数の高いメルドを作ることに価値があるもの。麻雀は代表的なゲーム。カナスタもこのタイプのラミーであるが、7枚以上のメルドを作る難しい条件をクリアする必要がある。

Wikipedia】より


ラミー

http://gamefarm.jp/rule/rummy.html


シカゴ・ブルース ○大沢在昌氏推薦――「ほろ苦く、切なく、清清しい。都会の孤独に立ち向かう若者に、ぜひ読んで欲しい。


原題. The Fabulous Clipjoint. 発表年. 1947. 著者/訳者解説フレドリック・ブラウン/青田勝

posted by koinu at 08:00| 東京 ☔| 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする