2019年09月18日

『NHK100分de名著大江健三郎燃えあがる緑の木』

『NHK100分de名著大江健三郎燃えあがる緑の木』
四国の森の谷間で敬愛されてきた「オーバー」の魂を受け継ぎ、救い主となった隆ことギー兄さん。手かざしによる治癒能力で地域の指導者となったギー兄さんのもとには彼を慕う人々が集い、やがて教会が設立されます。その教会の「しるし」となったのは、物語の語り手であるサッチャンが読んでいたアイルランドの詩人イェーツの詩に出てくる暗喩(メタファー)を図像化したものでした。「片側は色濃い緑で、片側は燃えあがっている」不思議な一本の木、「燃えあがる緑の木」です。
このように、大江健三郎の作品には、他の文学作品が数多く含みこまれています。作家で早稲田大学教授の小野正嗣(おの・まさつぐ)さんは、これほど世界の文学を意識的に自分の作品に招き入れてきた作家はいないと語ります。

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大江文学の特徴は、つねに他の文学作品や芸術作品との関係において小説が書かれていることです。別の言い方をすれば、大江健三郎の小説には、他の文学作品という対話者がいて初めて成り立つようなところがあるのです。対話するためには、相手の言葉が必要ですから、どうしてもそうした作品の一節や言葉が、作中に引用されることになります。

どの作品においても主要な対話相手がいます。『燃えあがる緑の木』では、アイルランドの詩人イェーツです。『懐かしい年への手紙』では、イタリアの詩人ダンテです。マルカム・ラウリー、ウィリアム・ブレイク、エドガー・アラン・ポー、T・S・エリオット……。大江作品をパラパラとめくれば、大江健三郎がそのとき、どんな作家・作品を読んでいるのか、それらの作家・作品の言葉をどれほど切実に必要としているかが伝わってきます。


■『NHK100分de名著大江健三郎燃えあがる緑の木』より

「燃えあがる緑の木」は、執筆当時、大江自身によって「最後の小説」と位置付けられた集大成ともいうべき作品。一人の「救い主」の誕生、そして、彼を中心とした「教会」創生の物語です。舞台は大江の故郷でもある「四国の谷の森」。主人公・隆は、様々な挫折を経て「魂のことをしたい」と願うようになり谷へ向かいます。そこで古くからの伝承を語り継ぐ「オーバー」という長老に出会い特別な教育を受ける。やがてこの村のリーダーだった「ギー兄さん」の後継者に指名され、悩みながらもその使命を引き継ぐことになります。独特な治癒能力を得て隆は新たな「ギー兄さん」となり、村人たちの病や心を癒していきます。ところが、その行為は「いかがわしいもの」として糾弾の的に。様々な受難を受けながらも「燃えあがる緑の木」教会が設立され、既存の宗教にない「祈り」や「福音書」を生み出し、多くの人たちの魂を救済していきます。しかし、マスコミや反対派からの激しい攻撃や内部分裂をきっかけとして、大きな悲劇が到来してしまいます。そのプロセスには果たしてどんな意味が込められているのでしょうか?


大江健三郎『燃えあがる緑の木』 いま、 大江文学を知る (NHKテキスト 100分de 名著)/小野正嗣(小説・文学)より

ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」文学フォーラム東京(主催=読売新聞社、NHK)が11月27日、文学賞受賞者の大江健三郎さん(1994年受賞)とJ=M・G・ル・クレジオさん(フランス、2008年)を迎えて、東京・恵比寿の日仏会館で開かれた。

・ル・クレジオは大江健三郎のことをずっと安部公房と勘違いしていた。
・『大洪水』Le Delugeのような核兵器による世界の終わりを大江健三郎はエッセイには書いたが小説には書いていない。
・ル・クレジオは『大洪水』を12-13歳の頃着想したが、大江健三郎は幼い時に父親が死んだ時のことを絶対に書こうと思い続けて書き上げたのが最新作「水死」。小説家の人生とは幼い頃の誓いを実現していくもの。出発点から全ては決まっている。
・何のために書くのか?・・・セリーヌ「夜の果ての旅」・・・セリーヌが知恵遅れの子供たちを託されて救う逸話。
・デリダの最晩年作「ならず者たち」。
・レヴィ・ストロース「野生の思考」のブリコラージュの復興。
posted by koinu at 15:50| 東京 ☔| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする