2019年08月14日

西郷隆盛 人を魅きつける力

維新後かつての仇敵・元庄内藩士たちが、西郷どんの温かい人柄や教えに触れ、感激してまとめた43篇の遺訓集がある。

「人間というのは、苦しい経験を何度も味わってこそ、志が堅くなる。男たるものは、瓦となって長生きするよりも、玉となって砕けるべきだ。そういう時がある。私の家の家訓を知っているか? 子孫のために絶対に美田を買わない。つまり、財産は残さないというのがそれだ」

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「人材を採用するときに、あまりこの男は君子だとか、あるいはこの男は小人だとか、というモノサシを厳格にあてすぎると、かえって害を引き起こす。なぜなら、人間というのはこの世が始まって以来十人に七、八人は絶対に小人だ。したがって君子ばかり探していたのでは、小人の働き場所もなくなるし、また人材不足を嘆くことにもなる。そこで小人の実体をよく見て、必ずその長所を探し出し、適材適所の配置をすべきだ。小人もある種の才能を持っているのだから、それを生かして使うべきである。私の師であった藤田東湖先生がおっしゃった。『小人も程々の才芸があってたいへん便利な存在だ。用いなければならない。しかし、そうかといって、小人にたいへん重要なポストを与えれば、今度はその組織がひっくり返ってしまう。つまり小人には限界がある。そこを見誤ってはならない。だから、けっしてトップ層に用いてはならない』と」 

「事を行う場合には、正道を踏んで至誠を推し進め、けっして詐謀を用いてはならない。人間の多くは、仕事がうまくいかないで障害にぶち当たると、よく詐謀を用いてこの障壁を突破しようとする。しかし、一時的にはそういうことが成功しても、必ず揺り返しがくる。そして事全体が崩れてしまう。正しい道というのは非常に遠回りのように思えるけれども、先行きはやはり成功を早めるものだ」

「政治というものはもともと天の道に従って行うものだ。少しでも私情や私欲を挟んではならない。だから、自分以上に民のためになるというような賢人が出てきた場合には、すぐ自分のポストを譲るくらいの気持ちが必要だ。中国の古い言葉にも『徳が懋(さか)んになれば官も懋んになる。功が懋んになると賞が懋んになる』と書いてある」

「万民の上に位置する者は、己を謹んで、品行を正しくし、贅沢をやめて、勤倹節約に努め、職責に努力して、人民の模範にならなければならない。そして、民衆がその働きぶりを見て気の毒だなあと思うようでなくては、絶対に政令は行われない。ところがいま、草創の始めに立ちながら、自分の住んでいる家を飾り、着るものを贅沢にし、また美人を囲い、やたら財テクに励んでいる者が多い。こんなことでは維新の効果はとうてい遂げられない。結局、いまとなっては戊辰の義戦も偏えに私欲を充たすために行われたものではないか、というふうになってしまう。それは天下に対しても、また戦死者に対しても面目のないことである」

童門冬二著『西郷隆盛 人を魅きつける力』(PHP文庫)より


幕末きっての軍人で「廃藩置県」などの政治的難事業をやり遂げた稀有の政治家。そして一流の学識者でもあった西郷南洲。晩年こそ国賊として追われて、不遇の最期を遂げたが、「西郷こそ真のヒーロー」と多くの人から慕われ続けている。 

「敬天愛人」「幾たびか辛酸をへて志はじめて堅し」「入るを量りて出るを制する」などの名言も、西郷さんから直接語りかけられているような気分で『南洲翁遺訓』か読める。

「いま、いたずらに洋風を真似たり取り入れようとする風潮がしきりだが、これは考えものだ。やはり『和魂洋芸(才)』の気概を持つべきである。すなわち、日本のよさを本体に据えて、その後、ゆるやかに欧米のいいところを取り入れるべきだ。ただいたずらに欧米風に日本のすべてを変えてしまえば、肝心な日本の本体まで見失ってしまう。ついには、列強の言うがままになってしまうだろう」

「人間がその知恵を開発するということは、道がなければ駄目だ。電信をつなぎ、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの機器を造る、こういうことは確かに人の耳をそばだて、目を奪う。しかし、なぜ電信や鉄道がなくてはならないのか、ということをきちんと説明しなければ、国民はいたずらに開発に追い回されるようになる。まして、みだりに外国の盛大を羨んで、利害得失を論じないで、家屋の構造から、玩具に至るまで、いちいち外国の真似をして、贅沢な風潮を生じ、カネを無駄遣いしていれば、日本の国力は疲弊してしまう。それだけでなく、人の心も浮薄に流れ、結局日本は身代限りをしてしまうだろう」

童門冬二著『西郷隆盛 人を魅きつける力』(PHP文庫)より

東アジアに対する基本的政策は、数百年来、中国と日本と韓国の3つの国を、絶対団結させてはならないという基本方針があった。この3カ国をそれぞれ分裂させてお互いに争わせ、殺し合いさせ、憎しみを掻き立てる、そういうふうに分断する。この方針を知っていた西郷隆盛は、「自分は韓国に行ってよく話し合って、一緒に西洋と戦おう」と行こうとした。次は北京に行って、清国の政府とも話し合いたいと公言していた。

「日本はヨーロッパと対等か、もしかするとはるかに優れた水準の文明をつくっている。しかもまったく付け込む隙のないような強力な軍隊を持っている、民族として団結している」という報告がイエズス会へされた。

西洋の悪霊に操られ、夜郎自大な「大日本帝国」という亡霊に取り憑かれた独裁政権が跋扈する今、日本上空では「破邪顕正」の“太田龍星”が、逝去から九年ぶりに燦然と輝き、鋭い眼光で睨みを利かせている。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784880863665

posted by koinu at 07:03| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする