2019年04月21日

「豚;PigLib」吉村益信

作品名. 豚;PigLib. 素材・技法. 剥製、 プラスチック他. 制作年. 1994年. サイズ. 高104.0×幅144.0×奥行59.0p。
サヴィニャックを本歌取りした’71年作のセルフリメイク 作品。
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吉村益信
昭和後期に活動した美術家。大分県大分市出身。昭和7年5月22日生まれ。昭和30年から読売アンデパンダン展に出品。35年篠原有司男らとネオ・ダダイズム・オルガナイザーズを結成。37年渡米して、帰国後ネオン管をもちいるライトアートを発表。50年アーチスト・ユニオンを結成。従来の型にはまらない多彩な活動をつづけた。平成23年3月15日死去。78歳。大分県出身。1932−2011
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『夢の遠近法 初期作品選 増補』 山尾 悠子(ちくま文庫)

「誰かが私に言ったのだ/世界は言葉でできていると」―未完に終わった“かれ”の草稿の舞台となるのは、基底と頂上が存在しない円筒形の塔の内部である“腸詰宇宙”。偽の天体が運行する異様な世界の成立と崩壊を描く「遠近法」ほか、初期主要作品を著者自身が精選。 「パラス・アテネ」「遠近法・補遺」を加えて、創作の秘密がかいま見える「自作解説」を付した増補決定版。

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「パラス・アテネ」本文冒頭より

月が西の空に仄白くなりつつある時刻、長い旅の途上にあったその隊商は、まだ夜の残る森の奥で大虐殺のあとに行き当たった。野面には血に飽いた豺狼の群がわくわくと背を波うたせて駆け去っていくのが遠望され、振り返れば、辺境の野の果てには落日に似たすさまじい朝焼けがあった。不眠の要塞都市のあげ続ける狼煙が地平に薄くたなびいて、その時森の奥処に立ちすくむ人間たちの眼には、それはこの世の果ての遠い朝火事かと映ったのだ。

小暗い森の底を縫ってうねうねと続く道沿いに、屍体の群はほぼ一町に渡って散乱し、その数は百数十まで数えられた。荷を略奪された跡があり、また屍には矢傷と獣の爪跡との両方がある。おおよそは、遠い内乱を避けてこの地の都市へと逃げこもうとしていた難民の一行が、昨日辺境に多く出没する野党の類に襲われて全滅し、その後夜のうちに群狼に踏みにじられたものと思われた。――ほとんど日の斑も漏れこまない葉ごもりの影へと、人々は松明の焔を走らせながら蹌踉と歩いた。

狼除けの鋳物の鐘が鳴り、人間たちの足は再び動き始めた。遠音に吠えかわす豺狼の声を耳に、森を抜け平原を行く隊商の先頭で、幼児はひとり仄かに微笑していた。この微笑は、人間たちの眼にはとまらなかったし、その意味を知る者も一人もいなかったに違いない。幼児の姿は、生まれおちて以来この輿の上に暮らしてきた者のように見えた。幼児自身、何故自分の顔に微笑が宿って消えないのか知らなかった。理由のない笑みのためにますます細められた幼児の眼は、ただ行く手の野の果てに湧く雲だけを鏡のように映していたのだったが、しかしこの時、背後の森の真上に残った半欠けの白い月球が、半眼の狼神の片目のように地表を行く人間たちの背をはるかに見送っていたのだ。

それから、十年たつ。

(以上プロローグでは映像くっきりと浮かび上がるくらい、優れた言語感覚である。続いてセレモニーの場面では、熱狂や色彩が感じられる描写が連なる。)

足留めの不安な一日が不安なままに暮れるまで、人々はその不安の源を確かめようとするかのように、顔を合わせると額を翳らせて不穏な噂ばかりを囁きあっていた。十数年来燻りつづけている内乱の噂、大陸を大きく横切ってこの山間の小王国いも侵入し始めているという天刑病の噂、冬に入ってからますます頻発するようになっている狼の害について。その名のとおり元々は夏の避暑用に前世紀の始め建てられたという夏の離宮では、いくら炉の薪をかきたてても、絶えず隙間風が忍び入ってくる。その中で、人々は昔ここに幽閉されていたはるか先代の狂王の伝説を囁きあい、さらに声を低めて二位について語りあっていた。

夕方から吹雪が始まり、日没より早く都には夜が降りていた。日中、吹きすさぶ強風の絶え間には王宮の外から遠く切れぎれに祭儀の鐘の音が聞かれたが、吹雪になった頃からそれも途絶えた。ただ、高い窓から遠く見渡すと、四つ辻ごとに年送りの篝火が高く火の粉を飛ばすのが見え、今夜全都が一夜を徹して眼ざめているだろうことが窺われた。何度かは、その火の粉が飛んだのか屋根屋根の稜線の一劃から小さく火の手が上がるのが見え、強風の中にたちまち燃えひろがって半鐘が長く尾を曵いた。

――狼領の血筋につらなる者は、多くは成年に達する年齢で繭籠もるものです。たいていは、春に。短くて三日、長ければ数年かかって繭から新生して現われる……しかし、これほど定まった法則を持たない現象というものはこの世にまたとありますまい。

港を望む丘陵からは、夜の海峡を絶えず押し渡っていく船群の、おびただしい檣頭の燈が見渡された。その遠い海面に満ちているであろう帆柱の軋り音や櫂漕ぐ男たちの叫喚、蓋を打ち割られてゆたかに滾り溢れる酒の繁吹、船腹を打つ潮の音を、丘の上に立つ者たちは幻のように聞いたと思った。海峡の両岸に谺する砕ける波の咆哮のなか、やがて帆に海風を孕んで、船団は大洋をめぐる古代潮流に乗って次々に行き過ぎてゆく。そして季節風の渡る丘を下って、燈火と雑踏の影に満ちた街衢に降りたった者たちは、そこにも数知れぬ潮流の幻を見たのだった。四つ辻ごとに足を止めて道の両端を埋める群衆の中、高い輿に乗って煌々しい帽子の先端や旗先ばかり覗かせてゆったりと過ぎ行く貴人の行列は、暗い潮を渡っていく帆柱の列に似たのだ。数限りなく街に立てられた松明や篝の焔は、人の面ばかりを烈々と照らして、その背後には奥の知れない闇を曵く。時にわけもなく入り乱れて、口々に叫びかわしながら街の一端から一端へと駈けすぎていく群衆の頭上に、月は赤く染まってはるかに海峡を照らしていた。

「パラス・アテネ」より

祭りの音響や照明の色彩が、鮮やかに描かれた短編小説が際立つ世界となっていく。硬質なイメージから浮かび上がる赤々とした情景。絵や音楽を想起させる文章のつづきを是非ともお楽しみいただきたい。


『夢の遠近法 初期作品選 増補』目次

夢の棲む街

月蝕

ムーンゲイト

遠近法

パラス・アテネ

童話・支那風小夜曲集

透明族に関するエスキス

私はその男にハンザ街で出会った

傳説

遠近法・補遺

月齢

眠れる美女

天使論


◇ 一人称の吐露音楽を聴く時間より、心から高揚するイメージは精神を羽ばたかせる。 

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山尾悠子『角砂糖の日』

1982年に深夜叢書社より刊行され、長らく品切れとなっていた山尾悠子の唯一の歌集『角砂糖の日』がLIBRAIRIE6から新装復刊。特典として書き下し掌編小説『小鳥たち』を収録。

「小鳥のやうに愕き易く、すぐに同様する性質の〈水の城館〉の侍女たち、すなはち華奢な編み上げ靴の少女たちは行儀よく列をなして行動し、庭園名物の驚愕噴水にうかうか踏み込みたび激しく衝突しあふのだった。」(『小鳥たち』冒頭) 

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短歌『角砂糖の日』より

春眠の少年跨ぎこすと月昏らむ いづこの森やいま花ざかり

昏れゆく市街に鷹を放てば紅玉の夜の果てまで水脈たちのぼれ

角砂糖角ほろほろに悲しき日窓硝子唾もて濡らせしはいつ

金魚の屍 彩色のまま支那服の母狂ひたまふ日のまぼろしに

腐食のことも慈雨に数へてあけぼのの寺院かほれる春の弱酸

鏡のすみに野獣よぎれる昼さがり曼陀羅華にも美女は棲みにき

夢醒めの葛湯ほろろに病熱の抱きごころ午後うす甘かりき

春を疲れ父眠りたまふあかときはひとの音せぬ魂もたつかな

百合喇叭そを枕として放蕩と懶惰の意味をとりちがへ春

幾何学の町に麺麭買ふ髭をとこπの算術今日咲き継がせてよ

狼少年と呼ばれて育ち森を駈けかけぬけて今日罌粟の原に出ぬ

小花小花零る日を重ね天文と地理のことなど見分けがたきよ

韃靼の犬歯するどき兄ありき娶らずば昨日風の野に立ちしよ

曠野の地平をさびしき巨人のゆくを視つ影うすきかな夕星透かし

独逸語の少年あえかに銀紙を食める日にして飲食のこと憂し

絵骨牌の秋あかあかと午後に焚く烟れば前の世なる紫色

◉ カルタを火にくべると、赤い炎が紫の煙へと変わってゆく。「前世」の先は「紫色」の先となり、その燃える音に誘われて、生まれる前の遠い記憶が煙の中に浮かぶのだった。

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「<世界は言葉でできている> というのが山尾悠子を象徴する言葉ではないか」そこに描かれた世界は<虚構> であり、<観念>である。山尾短歌も「言葉でできている」から、歌のなかに散りばめられた煌めく言葉が、視神経を辿って脳細胞に刺激する感覚を味わう。

散文詩のような素人でも手が出せる代物ではなくて、「俳句を作るとき、そこには外的世界に求められるモチーフというものはなく、言葉がすべてである。上質の言葉を発見しそれを研磨しおえた時点で作品は完成する」(小林恭二)のだ。この結晶させる純粋化学反応は、吐露のような排泄に近い表現からは生まれてこないだろう。

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山尾悠子『角砂糖の日』A5判変型上製 104pages 函入り

挿画は合田佐和子、まりの・るうにい、山下陽子。函と表紙に銀箔押しをした美しい製本。2017年刊行後に即絶版となる。


●山尾悠子 1955年岡山県生まれ。幼少期にナルニア国物語、学生時代に澁澤龍彦の著作を介して様々な異端文学に影響を受け、在学中に「仮面舞踏会」を『SFマガジン』のSF三大コンテスト小説部門に応募、75年同誌に掲載されデビュー。日本SF作家クラブのメンバーとして小松左京、星新一、筒井康隆、手塚治虫、永井豪らに刺激を受け創作を続ける一方で、その幻想的な作風と熱狂的な愛好者がいながら作品が単行本されないまま、休筆状態であったことから、孤高の作家、伝説的作家と見なされるようになる。99年に「幻想文学」誌に「アンヌンツィアツィオーネ」を発表して復活。2000年には単行本未収録作も含むそれまでの作品を集めた『山尾悠子作品集成』が国書刊行会より発行され、2003年9月には2作目の書き下ろし長編『ラピスラズリ』を発表。

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