2019年02月06日

対極―デーモンの幻想 アルフレート・クービン

〔あらすじ〕ジンギスーカンの末裔である碧眼の種族が隠れ棲む天山山脈の麓に、ひそかに建設された「夢の国」−現代文明に安住できず、その進歩から取り残された精神的・肉体的な疎外者を住民とするこの国の首都ペルレで、人びとはヨーロッパ各地から運んできた前世紀の廃屋や遣物の中で時代遅れの衣裳を着て独得の奇習に閉じこもって暮らしている。外界との交流を厳重に規制するこの国の建設者パーテラは、謎の力によって人びとの身も心も呪縛している至上の支配者で、彼の一顰一笑はそのまま、暗黙のうちに人びとの運命を左右する。彼の内面の絶望と苦悩を反映するかのように、ペルレの空には陽も月もなく、低く垂れこめた雲の下に、限りなく単調な灰色の世界がひろがっている。 

 パーテラの幼馴染である物語の語り手「ぼく」は、ミュンヘンに住む挿絵画家であるが、ある日、突然訪ねてきたパーテラの使者から、この国への招待状と十万マルクの旅費を贈られる。「ぼく」は、芸術家にもちまえの好奇心からこの招待に応じ、妻とともに、黒海とカスピ海を渡る長途の汽車の旅を経て、ベルレに到着する(第一部 呼び声)。

img01.jpg
 「ぼく」はパーテラの風変りな創造物と、夢の市民の奇態な日常生活に好奇の目をみはるが、やがて次第に。この国を支配する運命に巻き込まれ、呪縛に捉えられる。愛の美食家ブレンデル男爵、快楽主義の軍人ドーヌミ、醜怪な手を持つ同業の画家カストリンギウス、肥満した医師ランペンボーゲンとその奔放な妻メリッタ、哲人床屋とその助手の猿のショヴァンニ、亡命の皇女X老嬢、シラミの研究に血道をあげるコルントイル老教授。などなどの変人奇人が、「ぼく」の交友範囲に集まって、それぞれ呪われた運命を分与する。「ぼく」の妻は、病弱な心身に痛手を受けて死ぬ(第二部 ペルレ)。

img02.jpg


 やがて、アメリカの億万長者ベルが移住してくるにおよんで、この国の没落が始まる。ベルはパーテラの敵対者として、人びとに自由と進歩を約束する。しかし彼が無頼漢を集めて革命を起そうとするや、ペルレに嗜眠病が流行する。そして人ぴとがふたたび目をさましたとき、ペルレは動物の天国になっている。猛獣や毒蛇が跳梁し、イナゴやアリがはびこり、家畜も野性に還って人びとに襲いかかる。と同時に、家、家具、衣服、食料などあらゆる物質に原因不明の内部崩壊が始まり、死の恐怖がひろがる。突如として人びとは肉の欲望に燃え、殺戮と破壊の血をたぎらせる。哲人床屋は倫理を説いて吊され、医者は食料をごまかして串焼きにされる。その妻メリッタは犬と共寝してその餌食になり、彼女を愛したプレソデルは発狂して恋人の姐の湧いた首を抱いて果てる。同業の画家は夜盗に成り下って死にい老教授は絶望して入水自殺する。狂気はとめるすべもなく、ついにペルレは火の海と化し、言語を絶する地獄絵図め中で倒壊する(第三部夢の国の没落)。 


−−外部の世界からロシア・軍が進駐してきたとき、瓦瞳の山と化したペルレに生存していたのは、「ぼく」とベルとX皇女のほか数人に過ぎなかった。外の世界の人びとは、そこに夢の国があったことも、ベルが投石で倒した宿敵パーテラが、実は呪いのこもる蝋人形であったことも、だれも信じようとしなかった。

img03.jpg


訳者あとがき
 この翻訳の原本は、Alfred Kubin: Die andere Seite : Nvmohenbureer Verlaeshandlunff. Miinchen. IQfiSです。
 原題名の『ディーアンデレーザイテ』は、「他の側面」というほどの意味ですが、この小説のエピローグーとくに結語の「造物主は半陰陽だ」にちなんで『対極』としました。また副題の「デーモンの幻想」というのは、著者の僚友であった画家カンディンスキーの、この小説にたいする評言からとったものです。
 タービン(一八七七〜 一九五九)は、北ボヘミア生まれのオーストリアの両家です。幼いころから描画に長じていましたが、十歳のとき母親を喪い、退役軍人であった父親との折り合いが悪く、また、最初ザルツブルクの工業学校で工芸職人になるコースに学んだり、伯父の写真技師のもとで徒弟生活をしなければならなかったりして、かなり欝屈した青少年時代を送ったようです。このため、母親ゆずりの繊細な神経に障害をおこし精神的な危機に何度か陥って、錆びたピストルで自殺をはかったり精神病院に入ったりしたこともありました。ショーペッハウェルをはじめとする哲学書や文学書に親しんだり、博物誌や旅行記を濫読したりしたのもこの時期だったようです。
 しかし、一八九八年、ある遺産を得てミュンヘンで絵を学び、ほどなく怪奇と幻想をよろこぶ世紀末の時流に迎えられて、特異な才能をもつ素描家として世に出ました。その後一九〇六年に、祖国のイッ河畔ッヴィクレ卜ットに古い館を買って永住の居を定めましたが、ミュンヘンの若い画家たちとの交流が切れたわけではなく、一九〇九年にはミュンヘンの新芸術家同盟の一員となり、間もなくこの同盟から派生したブラウエーライター(青騎士)のメンバーにも加わっています。この青騎士のグループは、カンディンスキー、マルク、クレーらを擁し
て、ドイツ表現主義の前衛運動を推進した今世紀美術の清新な脈詩です。タービンは、この前衛運動を暖い目で見守りながら(無名時代のクレーのデッサンの最初の理解者・買い手はクービンだったといわれています)、ボッシュ、ブリューゲル、ゴヤ、ルドン、ムンクらの系譜を継ぐ孤独な幻視者としての制作を深めてゆきました。彼の制作には、彩色画はあまりなく、ほとんどが黒白の素描・版画です。また、E・T・A・ホフマン、ポー、ドストエフスキーなどのすぐれた挿絵両家としても知られています。
 この間、一九〇八年に出版されたのがこの小説で、これは後にも先にもタービンのただ一冊の小説です。自伝によると、この小説を彼は十二週間で書き上げ、四週間かかって挿絵を入れたということです。年代的に見ると、この小説の執筆は、彼が画家としての最初の成功から、もっと成熟した仕市に向う過渡的な時期にあたっており、この転機にある心の情況を、彼は描画とは違う別の手段で告白し、客観化してみたかったのでしょう。自分本来の仕事でないこの小説が、果たして読者の鑑賞にたえられるものかどうか、この小説が逆効果になって、絵の仕事まで文学的な目で見られるようになるのではないかなど、出版にあたってあれこれ思い悩んだことが自伝に見えています。しかし、出版した結果はかなり好評をもって迎えられたようです。そして半世紀以上もたった今日では、当時よりさらに評価が高く、カフカを先取する小説だとの評もあって、フランス、イタリア、ポーランドおよびアメリカで翻訳されています。それは、ちょうど、孤独な幻視者である彼の絵が、現代の幻想絵画の光駆として再評価されるのと同じ時代の趨勢でしょう。
 タービンの画集や研究書は、第二次大戦後に出版されたドイツ語版のもので数種にのぼっていますが、そのなかでも、Anneliese Hewig: Phantastische Wirklichkeit; W. Fink Verlag。 Miinchen。 1967は、とくにこの小説だけに的をしばった研究書です。

  わが国では、中央公論社の雑誌『海』(昭和四十六年三月号)で、「タービン特集」の企画かおりましたが、そのなかに、彼の前半生の自伝『わが生涯より』(菊盛英夫氏訳)と、彼の臨終に立会った木暮亮氏の『死の床のタービン』の貴重な文章が収録されていることを付記しておきます。この訳業を、私は、同じ同人雑誌のメンバーながらまだお目にかかったことのないD氏に捧げる心算でした。同氏が別の出版社からこの翻訳を頼まれた際、私かすでに手をつけているのを知って、進んで辞退される意向を本書の出版社を通じて申し越されたからです。昨夏、ヨーロッパへ旅した折、私か気ままな旅には荷の重いこの仕事をたずさえて行ったのも、同氏の友情あふれる心づかいに一日も早く報いなければと思ったからでした。その後、同氏はおそらく、この小説をわが国の読書界へ贈るのが焦眉の急を要する問題だと考えなおされたのでしょう。共訳者をまじえた同氏の訳書が、他社より別の標題で前後して出版されることになるのを、出版社も私も訳了後に知りました。そんなわけでこの小説には、別の訳書もあることを断っておきます。
 なお、わが国では埋もれていたこの小説の出版を快諾された法政大学出版局の稲義人氏、ならびに、挿絵を含む困難な造本に熱意をもってあたっていただいた同局の藤田信行氏に敬意をこめてお礼を申上げます。

昭和四十六年三月 野村太郎
訳者あとがき 法政大学出版局1971年

img04.jpg

野村太郎 1927年東京に生まれる。

東京大学文学部独逸文学科に学ぶ。もと法政大学教授・多摩美術大学講師。現在、美術評論家、美術評論家連盟会員。

編著書:「ドイツ・オーストリアの美術」(小学館)、「カンディンスキーと表現主義」(中央公論社)、「現代美術・情念の人間」(講談社)、「ムンク」(新潮社)、「西洋の美術」(社会思潮社)、訳書:メーリング「呪われた絵画」(美術出版社)、クービン「対極」(法政大学出版局)、トーマス「20世紀の美術」(美術出版社)、ネーベハイ「クリムト」(美術公論社)、モーア「西洋シンボル事典」(八坂書房) など。

訳書と著者の原題

W. Mehring: Verrufene Malerei

A. Kubin: Die andere Seite

K. Thomas: Kunst des 20. Jahrhunderts

ch. M. Nebehay: Gustav Klimt Dokumentation

G. H. Mohr: Lexikon der Symbole


瓦礫 の国からの帰還 

A・クービンの幻想小説職裏面臨における夢 ・空間 ・眩盤

https://tokyo-metro-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=1524&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1

posted by koinu at 10:00| 東京 ☔| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする