2018年12月21日

「駆けだし作家の心得」チェーホフ

一 素人作家、日曜作家のほうが職業作家よりましだということを覚えておくべきだろう。詩を書く車掌は、車掌でない詩人よりもましな生活をしているものだ。


二 文壇で失敗するほうが、成功するよりも千倍もいいということも、肝に銘じておかなければならない。失敗しても幻滅を味わい、「郵便箱」で酷評されるくらいが落ちだが、成功すれば、原稿料受けとりのうんざりするようなお百度参りや、いつ金になるかわからなぬような空手形や、「あとの馬鹿さわぎ」や、新たな試練などがまちうけている。

三 「芸術のための芸術」作品は、卑しい金属のための芸術よりも有益だ。物書きは家を買わず、一等車に乗らず、ルーレット遊びをせず、ちょうざめのスープを飲まない。彼らは霞を食って生きて行く。家具つきの貸間に住み、どこへ行くにもテクシーだ。


四 詩人の継ぎのあたった服こそは勲章で、文学的名声は、『外来語三万語辞典』に『リテラートル』(文学者)という語の由来を書きおとしているような国でこそ考えられよう。


五 物を書こうとすることは、肩書き、宗教、年齢、性別、教育程度、家庭状況にかかわり泣く誰にでも許されている。狂人だろうと、アマチュア演劇家だろうと、いっさいの権利の喪失者だろうと書くことはきんじられていない。とはいえパルナスへ登ろうとするには、練達の士で、文章の心得のあるもののほうが望ましい。

六 また彼らはなるべく士官学校生徒でなく中学生でないほうがいい。


七 およそ物を書こうとするほどの人なら、ごく普通の知能のほかに、独自の経験を持っていなければならないことは言うまでもない。最高の原稿料を受けとれるのは、世の辛酸をなめた人間せ、最低のそれは、清純無垢な人間である。

前の場合にあてはまるのは、三度を妻をめとり、自殺未遂をし、バクチですっからかんになり、決闘したり、首がまわら泣くなって夜逃げしたりした者だ。後の場合は、借金のない者、幸福な花むこ、酒飲みでない男、うぶな娘などである。

八 もとより作家になるのはきわめて簡単だ。割れ鍋で綴じ蓋の見つからぬような人間はいないし、たわごとでそれにふさわしい読者のようなものもなかろう。だから、ちっとも怖気づくには及ばない・・・・。ともかく紙きれを前にひろげて、むんずとペンを握りしめ、頭に浮かんだ考えを突きまわして、一気呵成に書きさえすればいい。「書きたいことを書くのだー李」だろうと、天候だろうと、ゴヴォローヴォのクワスだろうと、太平洋だろうと、時計の針だろうと、去年の雪だろうと、なんだってかまわない・・・・。書き上げたら原稿をひっつかみ、血管に神聖なときめきを覚えながら、編集部へ一目散。玄関口でオーヴァーシューズをぬいで、たずねるー「編集長さんはこちらでしょうか」。それから聖堂へおずおずとはいって、希望に胸をふくらませ、自作をだす・・・・。そのあと一週間は、わが家のソファにふんぞりかえって、天井に唾をとばし、あれこれ空想しながらみずからを慰め、一週間たったら編集部へ出頭して原稿を返してもらう。あとは、つぎからつぎへとあらゆる編集部へのお百度参りだ・・・・。編集部をあらかた尋ねおわっても、どこでも採用されないとなれば、あとはし方がない。自費出版だ。読者はきっといるだろう。


九 活字になって読まれる作家になるのはすこぶるむずかしい。そのためには、きちんと読み書きができなくてはならず、芥子つぶほどのものだろうと才能がなくてはならない。文句なしの才能がなければ前途は多難だ。


十 実直であれ。盗作をするな、原稿を二重売りするな、自分は詩人のクローチキンだと言ったりしてはならない。その他、総じて十戒を忘れぬこと。


十一 出版界にも礼節というものがある。ここでも実生活同様、人の痛いところを突いたり、自分のでないハンカチで鼻をかんだり、他人の皿に五本の指を突っこんだりすることはおすすめできない。


十二 もしも物が書きたければ、こういうふうにしたまえ。まずテーマを選ぶ。なにを書くかは君の完全な裁量にまかされている。なにひとつ気がねをするには及ばず、一存でかまわない。とはいえ、二度目のアメリカを発見したり、またもや火薬を発明したりしないこと、とりわけ古いテーマは避けるに越したことはない。

十三 テーマが決まったら、錆びてないペンを握って、なぐり書きでない、わかりやすい文字で、紙の裏面は残して表だけに、書きたいことを書く。裏面に手をつけないことは、製紙業者の儲けをふやすためというよりは、高度の配慮からも望ましい。

十四 空想は何ものにも捕らわれず、ただし書く手は抑制気味にする。手に原稿枚数を追わせてはならない。

書きちらさずに、簡潔に、のべつ幕なしで書けば書くほど、採用される率は大きくなる。総じて簡潔は仕事を損なうものではない。消しゴムを引き伸ばしたからといって、ふつうの消しゴムよりよく消せるわけではない。


十五 書き上げたら署名すること。有名になりたくなければ、ペンネームを使う。ただし忘れてならないことは読者の眼はくらませても、本名とアドレスは編集部に通知しておかなければならない。編集長が年賀状を送りたいときに迷惑するだろうから。


十六 原稿料は発表時にうけとること。前借は避けたい。前借ーそれは、未来を食うことだ。

十七 原稿料を受けとったら、それで好き勝手なことをしたまえ。汽船を買い入れようが、沼地を干拓しようが、写真を撮ろうが、フィンランドの鐘を注文しようが、女房のペチコートを三倍にふやそが・・・・要するに、なんでもしたい放題だ。編集部は原稿料の支払いとともに、完全な行動の自由を与えてくれる。もっとも、筆者が、原稿料をどこかへ、どんなふうに使ったかの勘定書きを届けたいと望むなら、編集部も拒絶したりはしまい。


十八 締めくくりとして、この「心得」の冒頭の何行かをくりかえし読み返すこと。


(ユーモア雑誌『目覚まし時計』一八八五年第十二号 検閲許可三月二十日)


「駆けだし作家の心得」序文

生まれたばかりのどの赤ん坊にも、せっせと産湯をつかわせ、最初のさまざまな印象から人心地のついたころあいを見はからって、こう言いきかせながらこっぴどくぶちのめさなければならないー

「書くんじゃないぞ!書くんじゃないぞ! 作家になんかなるももんじゃないぞ!」

だがそんな体罰を物ともせず、その赤ん坊が作家の片鱗をしめそうものなら、仕方がない、かわいがってやるか。それでも効き目がなかったら、そんな赤ん坊には見切りをつけて、「いやもうお手あげだ」と言ってやるだけだ。作家熱なんてものは手のつけようのない病気なのだから。

 物を書く人間のたどる道には荊と棘がばらまかれている。およそまともな頭の持ち主なら、どうしたって作家稼業から身を避けようとするだろう。もしも、どれほど作家になるなと言われても、避けがたい宿命によって物書きの道のに踏み迷う者がいれば、そういう不幸な人間がおのれの運命をいくらかでも軽減するために、次のような心得を守るほうがいいだろう。


チェーホフ

Chekhov Anton Pavlovich

[生]1860.1.29. タガンロク

[没]1904.7.15. バーデンバイラー

ロシアの小説家,劇作家。幼少の頃から生活のきびしさを体験,モスクワ大学医学部に入学すると一家の生計を立てるため風刺雑誌に機知とユーモアに富む作品を書き,新進作家としての地位を確立。 23歳から結核に苦しみながら,ユーモア短編から中編,戯曲などに創作領域を拡大し,中期以降は社会問題を重要なテーマとして『曠野』 Step' (1888) ,『退屈な話』などの中編で新境地を開いた。短編には『六号室』『サハリン島』や晩年の『可愛い女』など珠玉の名作がある。また四大戯曲『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』はロシア演劇史上不滅の名作である。日本でも大正期以来たびたび上演されている。


【ブリタニカ】

posted by koinu at 21:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする