2019年08月19日

泉鏡花「高野聖」(朗読:佐藤慶)




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2019年08月18日

『日本近代短編小説選』(岩波文庫) 紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治編

模索と発見の小説黎明期。違和感も陶酔も、いま触れるすべてが新しい。明治二二年から三五年に発表された、逍遙・鴎外・一葉・鏡花らの一二編を収録。

「この雨に泣いてる人は、お前さんばかしではないは」(広津柳浪「雨」)――新しい時代と心を語る、新しい言葉が模索された小説黎明期。違和感も陶酔も、いま触れるすべてが新しい。明治22―35年に発表された、逍遥・鴎外・鏡花・一葉らの12篇を収録。現代の読者のために語注を付す。(注・解説=山田俊治) 

https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b249018.html


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明治篇1収録作品リスト
「細君」……坪内逍遥
「くされたまご」……嵯峨の屋おむろ
「この子」……山田美妙
「舞姫」……森鷗外
「拈華微笑」……尾崎紅葉
「対髑髏」……幸田露伴
「こわれ指輪」……清水紫琴
「かくれんぼ」……斎藤緑雨
「わかれ道」……樋口一葉
「龍潭譚」……泉鏡花
「武蔵野」……国木田独歩
「雨」……広津柳浪

「幻の国に住む、夢の中の女だと思っていて下さい」(谷崎潤一郎「秘密」)。なにを視つめるのか、どう伝えるべきか――新時代の模索をへて、豊饒な相克が結んだ物語たち。明治38年から44年に発表された、漱石・荷風・花袋らの16篇を収録。(注・解説=宗像和重)

「裏に一本の柘榴の木があって、不安な紅い花を点した」(小川未明「薔薇と巫女」)。何を視、どう伝えるのか―日露戦後の新機運のなか、豊饒な相克が結ぶ物語。


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明治篇2 収録作品リスト

・倫敦搭/夏目漱石(明治38年)
・団栗/寺田寅彦(明治38年)
・上下/大塚楠緒子(明治39年)
・塵埃/正宗白鳥(明治40年)
・一兵卒/田山花袋(明治41年)
・二老婆/徳田秋声(明治41年)
・世間師/小栗風葉(明治41年)
・一夜/島崎藤村(明治42年)
・深川の唄/永井荷風(明治42年)
・村の西郷/中村星湖(明治42年)
・雪の日/近松秋江(明治43年)
・剃刀/志賀直哉(明治43年)
・薔薇と巫女/小川未明(明治44年)
・山の手の子/水上滝太郎(明治44年)
・秘密/谷崎潤一郎(明治44年)
・澪/寺田幹彦(明治44年)

多彩でどれも優れた作品揃い。ロンドン搭の中に英国史の亡霊を体験する「倫敦搭」。病弱な若妻の出産と死、夫が遺された幼い娘に妻の面影を見る「団栗」。
樋口一葉調の文体で、階級の違うふた組の夫婦の有様を描いた「上下」。新聞社の校正を何十年も続ける男の悲哀を描いた「塵埃」。日露戦争下に満州の大地を病身を引き歩く兵士を描いた「一兵卒」。対照的な生きかた老女を冷徹な眼で描いた「二老婆」。下関の木賃宿に逗留する流れ者たちの生態を描いた「世間師」。行方不明になった娘を捜索する経緯を描いた「一夜」。バスに乗って乗客を観察しながら往時の深川を偲ぶ「深川の唄」。「おれは西郷隆盛だぞ」と怒鳴り歩く乱暴者を描いた「村の西郷」。
雪の降る夜、夫が妻の過去の男関係を執拗に詮索する「雪の日」。顔すりの名人の床屋が、高熱の錯乱から起す悲劇「剃刀」。夢と死の関係を幻想的な文章で描いた「薔薇と巫女」。屋敷の男の子と下町の子供達の交流と初恋を描いた「山の手の子」。刺激を求めて女装して町を歩く男の物語「秘密」。北海道を巡業する若き旅役者に起る出来事「澪」。西洋文化が入ってきた舞台背景を考えると、そこに生きた人間像が浮かんでくる。

1927年〜1942年の作品が収録。
歴史的なことが続々と起きた時期。
 1923年 関東大震災
 1925年 治安維持法成立
 1928年 三一五事件(共産主義者一斉検挙)
 1931年 満州事変
 1933年 小林多喜二の死、共産党主要幹部の転向
 1936年 二二六事件
 1937年 日中戦争
 1941年 日米開戦
 1945年 終戦

関東大震災により帝都は崩壊。治安維持法の成立と共産主義者の一斉検挙、多くは獄中で転向する。要人暗殺と右翼テロと陸軍内部の覇権争い。日中戦争と日米戦争が起こる。陸軍の暴走とマスメディア扇動による大衆の高揚、上層部の脆弱な意思決定が重なり、戦争が拡大する。
関東大震災。思想弾圧・テロ・戦争・非合理に翻弄される社会。
表記は現代仮名づかい。字も適度な大きさで、文庫本にしては行間も広く、またふり仮名もしっかりついていてとても読みやすいです。また土地名や芝居用語、現代ではわかりにくい語句の注釈も充実しています。
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鈴木清順『 木乃伊の恋』の材料となった 円地文子「二世の縁 拾遺」

鈴木清順さんがドラマ化した『 木乃伊の恋』の材料になったゾッとする逸話。
上田秋成『春雨物語』にある物語を現代語に翻訳する、入れ子ドラマ構造が仕組まれていて秀逸な短編。これを更に交互に重層的な構成を絡ませて、現代劇のビジュアル演出した清順テレビ映画。


円地文子「二世の縁 拾遺」より引用
  古曽部という村に年久しく住みついている豪農があった。山田を多く持って、豊年よ凶作よと騒ぎまくる心配もなく豊かに暮らしているので、主人も自然書物に親しむのを趣味とし、田舎人の中に殊更友を求めるでもなく、夜は更けるまで灯下に書見するのが毎日であった。母親はそれを案じて、
「さあさあ早くお寝み、子の刻(十二時)の鐘ももう疾うに鳴ったではないか。真夜中まで本を読むと芯が疲れて、さきへゆくときっと病気に罹るものとお父さんがよくお話なされた。好きな道というものはとかく、自分では気づかぬ内に深入りして後悔するものだよ」
 と意見をするので、それも親なればこその情けと有難いことに思って、亥の刻(十時)すぎれば枕につくように心がけていた。
 ある夜雨がしとしと降って、宵の中からひっそりと他の音といってはつゆばかりも聞えない静かさに、思わず書物によみふけって時を過ごしてしまった。今夜は母上の御意見も忘れて、大方丑の刻(午前二時)にもなったであろうかと窓をあけてみると、宵の中の雨はあがって、風もなく、晩い月が中空に上がっていた。「ああ静寂な深夜の眺めだ。この情感を和歌にでも」と墨をすり流し筆をとって一句二句、思いよって首をかしげ考えている中、ふと虫の音とのみ思っていた中に、鉦の音らしい響きの交って聞えるのに気づいた。はて、そう言ってみればこの鉦の音をきくのは今宵ばかりではないようだ。夜ごとこうして本を読んでいるときに聞えていたのを今はじめて気づいたのも思えば不思議である。庭に降り立ってあちらこちら鉦の音の聞える方角をたずね歩く中、ここから聞こえて来るらしいと思われる所は、普段、草も刈らず叢(むぐら)になっている庭の片隅の石の下らしかった。主人はそれをたしかに聞き定めて、寝間に帰った。
 さてその翌日、下男どもを呼び集めて、その石の下を掘るようにいいつけた。皆よって三尺ばかり掘り下げると鍬が大きな石に当ったので、それを取り除けると、その下にまた石の蓋をした棺らしいものがあった。重い蓋を大勢して持上げて中をみると何やら得体の知れぬものがいて、それが手に持った鉦を時々うち鳴らしているのだった。主人をはじめ近くによってこわごわさしのぞくと、人に似て人のようにも見えない……乾鮭のようにからからに乾固まって骨立っているが、髪の毛は長く生いのびて膝までもたれている。大力の下男を中に入れてそっと取出させることにしたが、その男は手をかけてみて、
「軽い、軽い、まるでただのようだ。じじむさいことも何もない」
 と気味悪半分大声に言った。こんなにして人々がかつぎ出す間も、鉦を叩いている手もとばかりは変らず動かしていた。主人はこの様子を見ていて尊げに合掌し、さて一同に言った。
「これは仏教に説く大往生の一つに「定に入る」といって、生きながら棺の中に坐り、坐禅しつづけて死ぬ作法がある。正しくこの人もこれであろう。わが家はここに百年余も住んでいるが、そのようなことのあったのをかつてきいたことがないところを見ると、これはわが祖先のこの土地に来たより以前のことであろう。魂はすでに仏の国に入って骸だけ腐らずこうしているものか。それにしても鉦を叩いている手だけが昔のまま動くのが執念深い。ともかくもこう掘り出した上は生命を再び蘇らせて見よう」
 主人も下男どもに手を添えて、木像のように乾し固まったそのものを家の中へかつぎ込んだ。
「危ないぞ、柱の角にぶち当てて毀すな」
 などとまるで毀れものを持ち歩くようにしてやっと一間に置いた。そっと布団など着せかけて主人がぬるま湯を入れた茶碗をもって傍らへゆき乾からびた唇を湿(うる)おしてやると、その間から舌らしい黒いものがむすむす動いて、唇を舐め、やがて綿に染ませた水をもしきりに吸うようである。
 これを見て女子供ははじめて、きゃっと声を上げ「こわい、こわい、化物だ」と逃げ退いて傍へよりつかなくなった。しかし、主人はこの様子に力を得て、この乾物を大事に扱うので、母なる人も一緒になって、湯水を与えるごとに念仏を称えるのを怠らなかった。
 こうして五十日ばかり経つ中に、乾鮭のようだった顔も手足も、少しづつ湿おって来て、いくらか体温も戻って来たようである。
「そりゃこそ、正気づくぞ」
 といよいよ気を入れて世話する中にはじめて目を見開いた。明るい方へ瞳を動かすようであるが、まだはっきりとは見えない様子である。おも湯や薄い粥などを唇から注ぎ入れると、舌を動かして味わう様子は、何のこともないただの人間であった。古樹の皮のようだった皮膚の皴が浅くなり少しづつ肉づいて来て手足も自由に動き、耳もどうやら聞えるのか、北風の吹きたてる気配に、裸のままの身体を寒げに慄るわしている。
 古い布子を持って来て渡すと、手を出して戴く様子はうれしそうで、物もよく食べるようになった。初めの中は尊い上人の甦りであろうと主人も礼を厚くして魚肉も与えなかったが、他人の食べるのを見て鼻をひくひくさせ欲しがるので、膳に添えると、骨のままかじって、頭まで食い尽くすには主人も興ざめる思いがした。
「あなたは一度定に入ってまた甦って来た珍しい宿世の方なのですから、私どもの発心のしるべに、この長い間どういう風にして土の下で生きていられたか覚えていられることを話して下さい」
 と懇ろにたずねて見ても、首を振って、
「何にも知らない」
 といってぼんやり主人の顔を見ているばかり、
「それにしてもこの穴へ入った時のことぐらいでも思い出せませんか、さても、昔の世には何という名で呼ばれた人か」
 といっても、一向に何も知らぬ人らしく、うじうじと後じさりして、指をなめたりしているさまが、全くこの辺りの百姓の愚鈍に生れついたものの有様そっくりである。
 折角数カ月骨折ってあたら高徳の聖を再生させたと喜んだのに、この有様には主人もすっかり気を腐らせ、後には下男同様に庭を掃かせたり、水を撒かせたり召使うようになったが、そういう仕事は別に厭いもせず、怠けずに立ち働いた。
「さても仏の教えとは馬鹿馬鹿しいものだ。禅定に入って百年余も土中にあり、鉦を鳴らしつづけるほどの道心はどこへ消え失せたのか。尊げな性根はさらになく、いたずらに形骸ばかり甦ったとは何たることか」
 と主人をはじめ村のなかでも少しこころある者は眉をひそめて話しあった。

円地文子「二世の縁 拾遺」より
『日本近代短編小説選』昭和編3(岩波文庫)収録


「恐怖劇場アンバランス 木乃伊の恋 鈴木清順監督」1973年深夜放送。円谷プロ製作。

賞味期限が切れかけた素材から、清順さんは現代劇として映画を蘇生させるのがズル巧みだった。
映画化されてない素材の話を、鈴木制作チームと学生呑み会で伺ったことを思い出される。
有名どころは料理して不自由で、つまらない地点にたどり着くことが多いらしい。
そう想うと有名な短編が少ない企画アンソロジー集というのは、映像制作要素のある素材とも言える。
図書館をうろうろ空回りするより、『日本近代短編小説選』は文学ガイドブックとしてもお買い得なセレクションだと思います。
若い人には掴み所が多い「昭和編3」あたりから読んだら熱中出来るかも知れない。
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2019年08月17日

『日本近代短編小説選』昭和編(岩波文庫)紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治編

物語のことばには、時には歴史叙述を読み換える強度や磁場があります。虚構だから語れること・虚構でなければ現前化させることのできない種の真実が確かにあります。虚構はしばしば書き手のいる現実と浸潤しあい、そのあわいを危うくさせ、読み手の生きる時間に深く忍び込んでもきます。

長らく文庫本などの読みやすい形で読めなかった作品も多数収録しますが、そのなかに、初めて出会った読み手に「こんな小説があったのか!」という衝撃をあたえる一篇が、きっと潜んでいるはずです。作品ごとに、編者による作者・作品についての1ページ解題を付し、読書の手引きとしました。(編集部)


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昭和編1収録作品

平林たい子「施療室にて」(昭2「文芸戦線」)31
井伏鱒二「鯉」(昭3「三田文学」)8
佐多稲子「キャラメル工場から」(昭3「プロレタリア芸術」)21
堀辰雄「死の素描」(昭5「新潮」)11
横光利一「機械」(昭5「改造」)38
梶井基次郎「闇の絵巻」(昭5「詩・現実」)8
牧野信一「ぜーロン」(昭6「改造」)29
小林多喜二「母たち」(昭6「改造」)19
伊藤整「生物祭」(昭7「新文芸時代」)16
室生犀星「あにいもうと」(昭9「文藝春秋」)31
北条民雄「いのちの初夜」(昭11「文学界」)51
宮本百合子「築地河岸」(昭12「新女苑」)18
高見順「虚実」(昭11「改造」)33
岡本かの子「家霊」(昭14「新潮」)20
太宰治「待つ」(昭17『女性』収録)4
中島敦「文字禍」(昭17「文学界」)12
(千葉俊二による解説:16頁)


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昭和編2 収録作品

中里恒子「墓地の春」(昭21「人間」)38
石川淳「焼け跡のイエス」(昭21「新潮」)21
原民喜「夏の花」(昭22「三田文学」)26
坂口安吾「桜の森の満開の下」(昭22「肉体」)37
野間宏「顔の中の赤い月」(昭22「綜合文化」)47
梅崎春生「蜆」(昭22「文学会議」)26
尾崎一雄「虫のいろいろ」(昭23「新潮」)18
武田泰淳「もの喰う女」(昭23「玄想」)15
永井龍男「胡桃割り」(昭23「学生」)17
林芙美子「水仙」(昭24「小説新潮」)24
大岡昇平「出征」(昭25「新潮」)40
長谷川四郎「小さな礼拝堂」(昭26「近代文学」)26
安部公房「プルートーのわな」(昭27「現在」)8


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昭和編3収録作品

小島信夫「小銃」(昭27「新潮」)20
吉行淳之介「驟雨」(昭29「文学界」)36
幸田文「黒い裾」(昭29「新潮」)33
庄野潤三「結婚」(昭29「文学界」)25
中野重治「萩のもんかきや」(昭31「群像」)17
円地文子「二世の縁 拾遺」(昭32「文学界」)30
花田清輝「群猿図」(昭35「群像」)47
富士正晴「帝国軍隊に於ける学習・序」(昭36「新日本文学」)34
山川方夫「夏の葬列」(昭37「ヒッチコックマガジン」)11
島尾敏雄「出発は遂に訪れず」(昭37「群像」)55
埴谷雄高「闇の中の黒い馬」(昭38「文芸」)9
深沢七郎「無妙記」(昭44「文芸」)22
三島由紀夫「蘭陵王」(昭44「群像」)11
(紅野謙介による解説:21頁)

★末尾の数字は文庫での頁数。


日本文学全集では個別作家の好き嫌いによって、読破セレクションのようにならず断念しそうだ。今も優れている作品は上手く並べられると、面白く読むことができる。さすがに昭和生まれの自分でさえ、既読は発表年代の若い順が多いですね。

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「グリーンランドを買えないか」トランプ米大統領

【ワシントン】デンマーク領グリーンランドを買えないか――。トランプ米大統領が周辺にこんな構想を示したことが明らかになった。複数の米メディアが16日までに報じた。豊富な天然資源の確保を見込むほか、大統領としてのレガシー(遺産)に位置づける狙いだとの見方がある。真剣度は不明だが、トランプ氏は9月上旬にデンマークを訪れる予定で発言に注目が集まりそうだ。


米紙ワシントン・ポストによると、トランプ氏が買収の合法性に加えて、自治政府が存在する島を購入する場合の手続きについて調査するよう周辺に指示した。米国では議会が予算編成を担うため議会の賛同を得る必要もある。トランプ氏は数週間にわたって買収構想を持ち出しており、周辺は冗談なのか真意を測りかねているという。
米政権は中国が北極政策の一環としてグリーンランドに接近していることに警戒を強めている。国防総省は5月の報告書で、中国が衛星通信施設や空港の改良工事をグリーンランドに提案していると指摘。軍事転用の可能性を懸念してきた。トランプ氏が対中政策の一環で買収構想を示したかは不明だが、政権内には買収に賛成する声もある。
一方、当事国は反発や戸惑いを隠せないでいる。グリーンランド自治領政府は16日、声明を発表し「グリーンランドは当然ながら売り物ではない」と表明した。
デンマークのラース・ロッケ・ラスムッセン前首相は16日、同報道について自身のツイッターのアカウントに「エープリルフールの冗談に違いない、完全に季節外れだが」と投稿した。


ロイター通信によると、デンマーク野党の担当報道官は地元メディアに対し「トランプ氏が(グリーンランド購入を)本当に検討しているのであれば、彼が発狂したという最終的な証拠だ」と述べた。グリーンランド第2党出身の国会議員は「ノーサンキューだ」と突っぱねた。
米メディアによると、グリーンランドについては1946年に当時のトルーマン米大統領が1億ドル(約106億円)で買収をデンマークに打診したが拒否された。米国は1867年にアラスカを当時の帝政ロシアから購入。アイゼンハワー大統領が1959年にアラスカを連邦の州に組み入れた歴史がある。【日経新聞】
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2019年08月16日

政冷経冷の危機が貿易や生活にも

74回目の終戦記念日を迎えたが、元徴用工判決に端を発した隣国・韓国との対立は解消の兆しが見えない。日韓は輸出管理の厳格化で応酬を繰り広げ、貿易、投資、人の往来にも暗い影を落とす。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は15日の演説で対話を呼びかけたが、両国の溝は深い。政治の対立が、強固な結びつきを保ってきた経済に及ぶ「政冷経冷」の危機が迫る。
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2019年08月15日

日本近代短篇小説選 大正篇 (岩波文庫)

「親愛なる椎の若葉よ、君の光りの幾部分かを僕に恵め」(葛西善三)。どぎつく、ものうく、無作為ででまた超技巧的――小説の百花繚乱と咲き乱れた時代は、関東大震災とその後の混迷を迎える。
大正期に発表された、芥川竜之介・川端康成・菊池寛らの16篇を収録。(解説・解題=千葉俊二)
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【収録作品】
田村俊子「女作者」…p5(1913/大正2「新潮」、原題「遊女」)
上司小剣「鱧の皮」…p21(1914/大正3「ホトトギス」)
岡本綺堂「子供役者の死」…p55(1915/大正4『孤蝶馬場勝弥氏立候補後援現代文集』)
佐藤春夫「西班牙犬の家」…p73 (1917/大正6「星座」)
里見とん[「とん」は弓へんに「淳」のつくり]
「銀二郎の片腕」…p89(1917/大正6「新小説」)
広津和郎「師崎行」…p116(1918/大正7「新潮」)
有島武郎「小さき者へ」…p149(1918/大正7「新潮」) 
久米正雄「虎」…p169(1918/大正7「文章世界」) 
芥川竜之介「奉教人の死」…p187(1918/大正7「三田文学」) 
宇野浩二「屋根裏の法学士」…p207(1918/大正7「中学世界」)
岩野泡鳴「猫八」…p227(1918/大正7「大阪毎日新聞」) 
内田百けん「花火」…p269(1921/大正10「新小説」) 
菊池寛「入れ札」…p277(1921/大正10「中央公論」) 
川端康成「葬式の名人」…p299(1922/大正11「文藝春秋」) 
葛西善蔵「椎の若葉」…p313 (1924/大正13「改造」)
葉山嘉樹「淫売婦」…p327(1925/大正14「文芸戦線」)
[解説]…千葉俊二 

 大正が終わった翌年、大正文学の雄だった芥川龍之介と谷崎潤一郎とが、小説においてもっとも大切な要素は何かということをめぐって論争を繰りひろげた。
谷崎は「改造」の一一月号から連載をはじめた「饒舌録」で、小説がもっとも多量にもち得るのは「筋の面白さ」、いい換えれば「構造的美観」ということで、これを除外するのは「小説という形式が持つ特権を捨ててしまう」ことだと主張した。これに対して芥川は、同じ「改造」の四月号から「文芸的な、余りに文芸的な」を執筆しはじめ、「「話」らしい話のない小説」こそ通俗的要素の少ない、もっとも純粋な小説だといい、問題はその材料を生かすための「詩的精神」であるとした。
([解説]より)
しかし同年7月24日谷崎の誕生日に芥川が自殺したため論争は打ち切られる。
大正期を代表したふたりの作家がみすがらの実践を通して、小説の最も大事な核として「筋の面白さ」と「詩的精神」を抽出した。
短篇小説という形式は「筋の面白さ」とそれを生かす「詩的精神」が不可欠な要素として結合していく。
夏目漱石は「凡そ文学的内容の形式は{F+f}なることを要す。Fは焦点的印象又は観念を意味し、fはこれに附着する情緒を意味す」と記した。
あらゆる文学は「認識的要素(F)と情緒的要素(f)との結合」において現象するが、「筋」は小説の論理的思考に結びついた「認識的要素」に深くかかわって、それを生かすための「詩的精神」は、「情緒的要素」に関係する。
 日本近代小説の歴史は日露戦争後の自然主義文学によって到達点に達した。自然主義の文学や夏目漱石の活躍に刺戟されて、創作活動を再開した森鴎外は「小説というものは何をどんな風に書いても好いものだ」という断案を下した。
明治から大正期へかけての文学界は、自然主義と反自然主義が入り交じり、相互に刺戟し合いながら、小説形態が本来的にはらむ様々な可能性を追い求めて百花繚乱に咲き乱れた。

 田村俊子「女作者」は大正二年一月「新潮」に「遊女」という題で発表され、同年新潮社から刊行された『誓言』に収録されて改題された。
女性作家としての近代的プライドと書けない焦りからくる、気持ちの昂ぶりを女性的な感性を持ってのが、以下の「女作者」の冒頭にも描いている。

 この女作者の頭脳のなかは、今までに乏しい力をさんざ絞りだし絞りだししてきた残りの滓でいっぱいになっていて、もうどうこの袋を揉み絞っても、肉の付いた一と言も出てこなければ血の匂いのする半句も食みでてこない。暮れに押詰まってからの頼まれものを弄くりまわし持ち扱いきって、そうして毎日机の前に坐っては、原稿紙の枡のなかに麻の葉を拵えたり立枠を描いたりしていたずら書きばかりしている。
 女作者が火鉢をわきに置いてきちんと坐っている座敷は二階の四畳半である。窓の外に掻きむしるような荒っぽい風の吹きすさむ日もあるけれども、どうかすると張りのない艶のない呆やけたような日射しが払えば消えそうに搦々と、開けた障子の外から覗きこんでいるような眠っぽい日もある。そんな時の空の色は何か一と色交ざったような不透明な底の透かない光りを持ってはいるけれども、さも、冬という権威の前にすっかり赤裸になってうずくまっている森の大きな立木の不態さを微笑しているように、やんわりと静に膨らんで晴れている。そうしてこの空をじっと見詰めている女作者の顔の上にも明るい微笑の影を降りかけてくれる。女作者にはそうした時の空模様がどことなく自分の好きな大の微笑に似ているように思われるのであった。利口そうな円らの眼の睦毛に、ついぞ冷嘲の影を漂わした事のない、優しい寛潤な男の微笑みに似ているように思われてくるのであった。
 女作者は思いがけなく懐しいものについと袖を取られたような心持で、目を見張ってその微笑の口許にいっぱいに自分の心を脚ませていると、おのずと女作者の胸のなかには自分の好きな大に対するある感じがおしろい刷毛が皮膚にさわるような柔らかな刺戟でまつわってくる。その感じは丁度白絹に襲なった青磁色の小口がほんのりと流れているような、品の好いすっきりした古めかしい匂いを含んだ好いた感じなのである。そうするとこの女作者は出来るだけその感覚を浮気なおもちゃにしようとして、じっと眼を瞑ってその瞳子の底に好きな人の面影を摘んで入れて見たり、掌の上にのせて引きのばして見たり、握りしめて見たり、さもなければ今日の空のなかにそのおもかげを投げ込んで、向うに立たせて思いっきり眺めて見たりする。こんな事でなおさら原稿紙の枡のなかに文字を一つずつ埋める事が億劫になってくるのであった。
(田村俊子「女作者」より)

 現在では女性の小説家というのもあたりまえで、むしろ新人作家などでは圧倒的な多数を占めているけれど、当時にあってはまだめずらしく、世間の耳目をひく存在だった。そうした時代に主人公みずから「女作者」と名乗ることは、自分の才能を誇示しながら、世間に向かって自己の存在を際だたせることになる。だから、ことさらに「どうしても書かなければならないものが、どうしても書けない書けないという焦れた日にも、この女作者はお粧りをしている」と、自己の性である女ということを正面切って強調する。
 またこの作品は、昭和期になってよく書かれることになる、小説の書けない小説家風の形式をとっている。大正期の作品としてはその点が非常に新鮮だけれど、これは意識してのことではなく、原稿締め切りギリギリのところで、いわば捨て鉢的に筆が執られたものと思われる。が、この構えることのない、裸の姿をさらけだしたところにこの小説の異様なリアリティが醸しだされる。夫と取っ組みあいの喧嘩をしている最中にも「この女作者の頭のうちに、自分の身も肉もこの亭主の小指の先きに揉み解される瞬間のある閃めきがついと走った」と、女の身内に存する「肉というもの」を生々しくとらえているところなどは時代を越えた新しさがある。
([解説]より)

 小説とは本来、人々のあいだに言い伝えられた「街談巷語」「道聴塗説」に類するものだった。
本書収録作品のなかで最も原初的な、こうした小説の古層に属する形態をとどめるのが、「又聞の話」の受け売りだという岡本綺堂の「子供役者の死」だろう。この作品はパラメーターaの作者の体験としての値はゼロで、しかも人生の裏も表も知りっくした話巧者の老人がとっておきの面白いお話を語って聞かせるとでもいった趣があり、私小説的要素の皆無な「筋の面白さ」で読ませる小説の典型となっている。

 話巧者といえば、上司小剣の「鱧の皮」も唸らされるほど巧い作品だ。発表と同時に田山花袋など多くの評者から絶讃されたが、これも「街談巷語」の類たることは間違いない。後年、その作囚について「ああした女の手一つで、母子が心を合せて、生存競争の激しい渦巻の中に闘っている、その結果が、ずに作にも一鰐の皮」のようなヽ肉のない皮だけのものと云うような風になって表れている。
其処のところを、刳り取ったようにして書き表し度いと思った」(「『鱧の皮』を書いた用意」)と語っている。
[子供役者の死]にしてもこの「賠の皮」にしても、小説本来のという意味からすれば最も小説らしい小説である。そこに描かれた人間社会の不思議さ、人間心理の不可解さといったものを、作者はその背後から成熟した大人の目をもってやさしくジッと凝視している。
 
 私小説的要素の皆無な「街談巷語」ということでは、芥川龍之介の「奉教人の死」も同じだろう。ただこちらは非常に近代的で、尖鋭な芸術至上主義的な美意識に貫かれた作品である。「二」の部分で物語の典拠とされた「れげんだ・おうれあ」というキリシタン文献に言及するが、これは作者によって仮構されたフィクションである。その偽書を握造しか芥川の虚構は、これを実在するものと信じた内田魯庵が芥川に内覧を申し込んだという有名なエピソードがあるほどで(内田魯庵「れげんだ・おうれあ」)、天草本平家物語の文体を模したその文体ともども完璧な出来映えである。
  志賀直哉が「沓掛に---芥川君のこと」で、「主人公が死んで見たら実は女たったという事を何故最初から読者に知らせて置かなかったか」、そうした「仕舞いで背負投げを食わすやり方」に不満をもらしたことはよく知られている。
だが、「なべて人の世を、効果的に語るためにはどうしてもあらかじめ真相を明かすことはできなかったろう。
 はじめから種明かししてしまっては、その「感動」を読者に伝えることができなかったからだが、そのために彫心鎗骨の文体と極めて技巧的な構成という語りの技法を必要としたのである。文体と構成の妙ということでは「子供役者の死」も同じだが、「奉教人の死」はひとつの技法のきわみに達したということができる。
(中略) 
 里見淳「銀二郎の片腕」は「―こういう話を聞いた―」と書き出されるように、「子供役者の死」と同様に聞き書きの体裁をとっている。その意味ではこれも「街談巷語」の類だが、これはなかなか一筋縄でゆかない。というのも、誰もがこの物語世界へ容易に感情移入することができるという代物ではないからだ。変人と思われるような一風変わったところのある、過度に潔癖な、牧場に住みこむ銀二郎という牧夫が、我にもあらず寡婦の女主人を強く愛するようになったが故に、その女主人のつく嘘を許すことができない。
 女主人がとうとうと語る世俗的な嘘を聞いて、相手を殺すことでしか鎮めることができない
「己の身内に焔々と燃えあがるもの」を感じた銀二郎は、女主人を切る代わりにみずから詑で自分の片腕を切り落としてしまう。
 ここに描かれた事柄はきわめて特殊な事例である。世間にはめったにあるものではないが、決してないとも言いきれないような事例だ。ちょうど精神分析学において異常な症例が一般人の心理を照らし出すように、この主人公の異常なふるまいをとおして読者としての私たち、あるいは作者のうちに潜められた、過剰で、激越な感情の所在を確認させられる。「子供役者の死」の血糊まみれの女の姿にしろ、ドサッと落ちたこの血まみれの片腕にしろ、読者はドキッとさせられるけれど、圧倒的な印象をもって迫ってくる。常識的にはなかなか理解の困難な複雑怪奇な感情の力学を、語りの「芸」によって描くところに里見の作家的野心があったのだろう。
 
 久米正雄の「虎」と岩野泡鳴の「猫八」はいずれも芸人の悲哀をユーモラスに描いたものである。
「動物役者という異名」を取った新派の三枚目役者を描いた前者は、江戸屋猫八(初代)の視点から描かれる後者において「或文士たちの研究会」で話題とされ、いわば作中批評される。
「座談半ばに荒川君が電車で一緒になったからと云って、彼の動物の啼き声で有名な猫八君を連れて来た」とあり、これが六月一五日に開かれた六月例会だったことが分かる。
 このときの月評会には島崎藤村「新生」、徳田秋声「威嚇」、宮地嘉六「赤靴」、菊池寛「大島の出来る話」とともに
久米の「虎」も取りあげられたようだ。「創作月評会記事」では「虎」について、「矢張り菊地氏と同様、多少の浅薄さはあるが可成りに纏っていると云うことであった」とあっさり触れられているだけである。が、泡鳴は「虎」のモチーフと動物の声帯模写を生業としている猫八との類比に多大な興味をもったようで、それがこの一篇に結晶している。猫八は「虎」に描かれた主人公を「まるで自分の事をいわれているようであった」と受けとめるが、ここに文学享受の原点があるといってもいいだろう。両作品はあわせ読むことで、それぞれ共鳴し合い面白さが倍増する。

 佐藤春夫の「西班牙犬の家」、内田百間の「花火」はともに散文詩といってもいいような詩的な小説。
前者は退屈な日常を脱して、いつしか幻想空間へさ迷いだし、一時的にせよこの現実の憂鬱を忘れさせ、「夢見心地」にさせてくれるような小篇である。私小説的要素をもった最も詩に近い小説ということができよう。これに対して「花火」は私小説から最も遠く離れたところに書かれた詩的な小説である。同じ幻想的であっても「西班牙犬の家」が夢見心地に誘うのに対して、これは女の妬心をシンボリックに描いて背筋のゾッとする、読むものの心を凍りつかせるような小品である。
(中略)
 私小説という用語の生みの親たる栄誉を担う宇野浩二の「屋根裏の法学士」は、三人称の客観小説をよそおっているが、その主人公の中身はほとんど作者自身(細部はだいぶ変更され、誇張されているけれど)という私小説である。主人公は「独特の誇大妄想」をともなう「夢の世界」のなかに生きているけれど、この世に処してゆくために必要な「根気」と「勇気」と「常識」とを欠いており、何もかもつまらなく、味気なく感ずる。先の「甘き世の話」にしてもそうなのだが、宇野の作品はこうした夢と現実とに引き裂かれた主人公を描いて、決してかなえられない理想(夢)と現実とのギャップを延々と繰りひろげつづける。

 理想と現実のあいだに引き裂かれて思い悩むインテリ青年。まさに二葉亭が「浮雲」において描いたところのもので、「想」と「実」との対立軸は、明治二十年代の日本の近代文学の黎明期に没理想論争、人生相渉論争などで争点となったものだ。近代文学において最も大きい、中核的なテーマである。ややもすれば文学史の継子扱いされる私小説も、決してこの系譜から外れるものではない。私小説と称せられるほとんどの作品の根底には、自己の理想をかなえることができず、現在自分が置かれている境遇とその理想とのあいだの大きなギャップにうちひしがれて、この現実にあくせく生きざるを得ないおのれの姿を自己正当化しているといっても過言ではない。
 その典型的な作品が、広津和郎の「師崎行」である。自分の犯した過ちであるにかかわらず、はなはだわがまま勝手にその自分の置かれている困難な状況からの脱出を願う。(中略)自分の行動規範とそれによってもたらされた結果についての判断規範がまったくパラパラという意味では、たしかに「性格破産者」という評言がピッタリだ。しかし、「私」の心が絶えず「最良の解決法」を摸索しながら、「その時その時の間に合わせ」の行動しかとれないというところに、やはり「想」と「実」の相克がひそんでいるともいえる。

  葛西善蔵は広津と同人誌「奇蹟」に参加して掲載した「悪魔」には、「俺達はどん底に落込んで初めて最貴最高の生命を呼吸することが出来」、「一切を否定し一切を破壊してこそ初めて真の絶対境に到達することが出来る」という文学観を披渥している。
「一物の不純なもの」もまじらない、「真の絶対境」の探究のためには、一切の社会的規範や束縛をのがれ、何ものにも拘束されない絶対的自由を希求せざるを得ない。その探究の果てに、「椎の若葉」の冒頭−「六月半ば、梅雨晴れの午前の光りを浴びている椎の若葉の趣を、ありかたくしみじみと眺めやった」という一文にいたりついたのだろう。
 「椎の若葉」に描かれた生活は常人には理解しがたい。ここにはもう破れかぶれのメチャクチャな生活しかない。まったく「本能というものの前には、ひとたまりもないのだ」と思わせるほど、もはやどんな弁明もどんな言い訳も通じないような、作者の生活と心持ちには「不自然な醜さ」が満ちている。自然のもたらす同じ力であっても、人間の本能は醜く不自然で汚らわしいけれど、その対比において植物の生長をうながす生命力は光り輝かしく、すがすがしい力に充ちている。
「我輩の葉は最早朽ちかけているのだが、親愛なる椎の若葉よ、君の光りの幾部分かを僕に恵め」という敬虔な祈りにも似た結びの一文は、破滅型の生涯をもって購った珠玉の一片である。
(中略)
 川端康成の「葬式の名人」は震災前の作品であるが、「私には少年の頃から自分の家も家庭もない」という冒頭の一文には、自己に課せられた孤児としての宿命に真正面から向きあい、その宿命を生き抜こうとする決意がうかがわれる。いわばゼロからの出発である。祖父の死後、「ただ1人になったという寄辺なさ」を感じたというけれど、それは震災後の日本人、いや第一次世界大戦後の欧州の知識人たちによっても共有された感情だったはずである。その後、川端は文芸時評家として誰よりも震災後の新しい文学的傾向に鋭敏に反応し、誰よりも前衛的な実験小説を書きつづけてゅくことになる。

 葉山嘉樹の「淫売婦」は、「種蒔く人」のあとをうけて本格的なプロレタリア文学運動の拠点として創刊された「文芸戦線」に掲載された。執筆は震災前であったが、「セメント樽の中の手紙」とともに葉山を一気にプロレタリア文学の最前線へと押しだした作品である。しかし、それにしても「被搾取階級の一切の運命を象徴しているように見えた」という、病気に冒されて瀕死の、全裸で横たわる若い娼婦の悲惨のきわみともいうべき姿の描写は凄まじい。
「セメント樽の中の手紙」では、破砕器に巻き込まれた恋人が骨も肉も魂も粉々になり、セメントになってしまうが、葉山作品に描きだされる身体(肉体)の物質的破壊は凄惨であり、徹底的である。

 こうした肉体に加えられる暴力的な解体の力学は、戦争あるいは大災害によってもたらされるカタストロフィに似ている。震災後に葉山の文学がもてはやされた理由のひとつだったかも知れないが、震災後に解体されたのは物質的な身体ばかりではなかった。
 夢の世界の住人であった宇野浩二は発狂し、ガラス細工のように繊細な技巧をもって危ういバランスのうえにその芸術世界を築きあげた芥川竜之介は自殺し、自己の芸術の絶対境を探究しつづけた葛西善蔵は身も心もボロボロのままに病歿した。たしかにひとつの時代の終焉を実感させるけれど、「淫売婦」の悲惨のきわみにも新たな連帯への意識が芽ばえたように、震災後の混迷のさなかにも次の時代への新たな胎動は間違いなく用意されていたのである。
([解説]より)

千葉 俊二(1947年12月 - )日本近代文学の研究者。早稲田大学教育学部名誉教授。
宮城県生まれ、横浜で育つ。1972年早稲田大学第一文学部人文専攻卒業、同大学院修了。
山梨英和短期大学助教授をへて、早大教授。2018年定年となり、名誉教授。主として谷崎潤一郎を研究。
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香港抗議活動の暴力的な弾圧は「過ち」=米下院外交委

[ロイター] 米下院外交委員会は14日、香港で続いている抗議活動について、暴力的な弾圧は「過ち」となり、当局が弾圧に動いた場合は「速やかな対応」が必要になるとの見解を示した。

下院外交委員会の共和、民主両党のトップは声明で、中国に対し香港の自治を侵害しないよう呼び掛けた。

https://www.thomsonreuters.com/en/about-us/trust-principles.html

香港デモが続く中、大量の人民解放軍が香港へ移動している!? 広州鉄道駅や西九龍駅などで、大荷物を抱える人民解放軍の姿がカメラに捉えられる。「自由亜州電台」

武警は暴乱や騒乱、テロなどの鎮圧に当たる組織。軍とは別組織だが、機構改革で昨年から軍の指揮下に入った。 

香港の書店員が次々と姿を消した事件 や、ある富豪が中国本土で拘束されていることが分かった事件なども懸念を呼んでいる。

香港は中国の一部だが、香港人の大半は自分たちを中国人とは思っていない。アーティストや文筆家は、検閲の圧力に晒されている。習政権が武力鎮圧をすれば米英仏などから非難が集中し、政権存続すら危ぶまれる。憎しみの暴力を振るったら、更なる憎悪する連鎖を生み出す。

posted by koinu at 07:24| 東京 ☔| 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月14日

西郷隆盛 人を魅きつける力

維新後かつての仇敵・元庄内藩士たちが、西郷どんの温かい人柄や教えに触れ、感激してまとめた43篇の遺訓集がある。

「人間というのは、苦しい経験を何度も味わってこそ、志が堅くなる。男たるものは、瓦となって長生きするよりも、玉となって砕けるべきだ。そういう時がある。私の家の家訓を知っているか? 子孫のために絶対に美田を買わない。つまり、財産は残さないというのがそれだ」

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「人材を採用するときに、あまりこの男は君子だとか、あるいはこの男は小人だとか、というモノサシを厳格にあてすぎると、かえって害を引き起こす。なぜなら、人間というのはこの世が始まって以来十人に七、八人は絶対に小人だ。したがって君子ばかり探していたのでは、小人の働き場所もなくなるし、また人材不足を嘆くことにもなる。そこで小人の実体をよく見て、必ずその長所を探し出し、適材適所の配置をすべきだ。小人もある種の才能を持っているのだから、それを生かして使うべきである。私の師であった藤田東湖先生がおっしゃった。『小人も程々の才芸があってたいへん便利な存在だ。用いなければならない。しかし、そうかといって、小人にたいへん重要なポストを与えれば、今度はその組織がひっくり返ってしまう。つまり小人には限界がある。そこを見誤ってはならない。だから、けっしてトップ層に用いてはならない』と」 

「事を行う場合には、正道を踏んで至誠を推し進め、けっして詐謀を用いてはならない。人間の多くは、仕事がうまくいかないで障害にぶち当たると、よく詐謀を用いてこの障壁を突破しようとする。しかし、一時的にはそういうことが成功しても、必ず揺り返しがくる。そして事全体が崩れてしまう。正しい道というのは非常に遠回りのように思えるけれども、先行きはやはり成功を早めるものだ」

「政治というものはもともと天の道に従って行うものだ。少しでも私情や私欲を挟んではならない。だから、自分以上に民のためになるというような賢人が出てきた場合には、すぐ自分のポストを譲るくらいの気持ちが必要だ。中国の古い言葉にも『徳が懋(さか)んになれば官も懋んになる。功が懋んになると賞が懋んになる』と書いてある」

「万民の上に位置する者は、己を謹んで、品行を正しくし、贅沢をやめて、勤倹節約に努め、職責に努力して、人民の模範にならなければならない。そして、民衆がその働きぶりを見て気の毒だなあと思うようでなくては、絶対に政令は行われない。ところがいま、草創の始めに立ちながら、自分の住んでいる家を飾り、着るものを贅沢にし、また美人を囲い、やたら財テクに励んでいる者が多い。こんなことでは維新の効果はとうてい遂げられない。結局、いまとなっては戊辰の義戦も偏えに私欲を充たすために行われたものではないか、というふうになってしまう。それは天下に対しても、また戦死者に対しても面目のないことである」

童門冬二著『西郷隆盛 人を魅きつける力』(PHP文庫)より


幕末きっての軍人で「廃藩置県」などの政治的難事業をやり遂げた稀有の政治家。そして一流の学識者でもあった西郷南洲。晩年こそ国賊として追われて、不遇の最期を遂げたが、「西郷こそ真のヒーロー」と多くの人から慕われ続けている。 

「敬天愛人」「幾たびか辛酸をへて志はじめて堅し」「入るを量りて出るを制する」などの名言も、西郷さんから直接語りかけられているような気分で『南洲翁遺訓』か読める。

「いま、いたずらに洋風を真似たり取り入れようとする風潮がしきりだが、これは考えものだ。やはり『和魂洋芸(才)』の気概を持つべきである。すなわち、日本のよさを本体に据えて、その後、ゆるやかに欧米のいいところを取り入れるべきだ。ただいたずらに欧米風に日本のすべてを変えてしまえば、肝心な日本の本体まで見失ってしまう。ついには、列強の言うがままになってしまうだろう」

「人間がその知恵を開発するということは、道がなければ駄目だ。電信をつなぎ、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの機器を造る、こういうことは確かに人の耳をそばだて、目を奪う。しかし、なぜ電信や鉄道がなくてはならないのか、ということをきちんと説明しなければ、国民はいたずらに開発に追い回されるようになる。まして、みだりに外国の盛大を羨んで、利害得失を論じないで、家屋の構造から、玩具に至るまで、いちいち外国の真似をして、贅沢な風潮を生じ、カネを無駄遣いしていれば、日本の国力は疲弊してしまう。それだけでなく、人の心も浮薄に流れ、結局日本は身代限りをしてしまうだろう」

童門冬二著『西郷隆盛 人を魅きつける力』(PHP文庫)より

東アジアに対する基本的政策は、数百年来、中国と日本と韓国の3つの国を、絶対団結させてはならないという基本方針があった。この3カ国をそれぞれ分裂させてお互いに争わせ、殺し合いさせ、憎しみを掻き立てる、そういうふうに分断する。この方針を知っていた西郷隆盛は、「自分は韓国に行ってよく話し合って、一緒に西洋と戦おう」と行こうとした。次は北京に行って、清国の政府とも話し合いたいと公言していた。

「日本はヨーロッパと対等か、もしかするとはるかに優れた水準の文明をつくっている。しかもまったく付け込む隙のないような強力な軍隊を持っている、民族として団結している」という報告がイエズス会へされた。

西洋の悪霊に操られ、夜郎自大な「大日本帝国」という亡霊に取り憑かれた独裁政権が跋扈する今、日本上空では「破邪顕正」の“太田龍星”が、逝去から九年ぶりに燦然と輝き、鋭い眼光で睨みを利かせている。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784880863665

posted by koinu at 07:03| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月13日

海の日もあった

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この夏は暑い日が続きそうですね。
posted by koinu at 13:00| 東京 ☀| 観測 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする